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神奈川県の森林・林業施策1/2

前回の備忘録では日本の林業や樹の文化に関わる書籍を紹介しましたが、ここ神奈川県では丹沢山系を中心に様々な森の再生・保全事業を展開しています。県が作成配布しているパンプレット「神奈川県の森林・林業」を参考にしながら、是非とも頭の中に入れておきたい基本的な知識として県の森林事業の概要を紹介します。

神奈川森林再生50年構想

今から10年ほど前に神奈川県が策定し、現在も進めている長期的視点に立ったプランのタイトルです。県内で進む森の荒廃にストップをかけ、その再生の方向性と50年後のゴールを明示したものであるとしています。そして森の再生のための3つの基本的な取り組みを掲げています。まず一つ目から。

1)広葉樹林の再生

  • 丹沢大山では、ニホンジカによる下草や低木の過度の採食を防ぎつつ、後継樹を育成し、多様な樹種による原生的な自然林に誘導していきます。

  • かつて薪や炭の原木として利用され、その後放置されている山地や山里の二次林では、間伐を繰り返すことで陽光を入れ、周辺の多様な広葉樹を林内に導入するなど自然力を利用して、多様な樹種からなる自然林に誘導していきます。

  • なお、土壌流出の著しい渓畔林などでは、自然力に頼るだけでなく積極的に広葉樹の植樹を行います。

「積極的に広葉樹の植樹を行う土壌流出の著しい渓畔林」以外の丹沢の大部分を占める場所では主に、自然力を利用した遷移(二次遷移)による広葉樹林化を図ろうとする施策が大きな骨格になっているようです。遷移とはヒトの影響が止まり、その土地の自然環境に沿ってその土地本来の植生=潜在自然植生に向かって変化する植生のプロセスのことを指すのですが、宮脇昭さんの本の中では次のような図で説明されています。(宮脇昭著『苗木3000万本 いのちの森を生む』NHK出版 2006年)

遷移図

この模式図に従えば、丹沢の森も人工林を伐採し、ヒトの影響を止めると200〜300年後には標高800mを境にして、下は常緑広葉樹の森が、上は夏緑広葉樹の森が見られることになります。このように自然力を利用するだけの方法だと神奈川県が目標とする50年後は、まだまだ道半ばの状態と思われます。

2)人工林から混交林への転換

  • 林道から200m以上離れたスギ・ヒノキの人工林では、間伐を繰り返すことで陽光を入れ、周辺の多様な広葉樹を林内に導入するなど自然力を利用して混交林や巨木林に誘導していきます。

  • なお、急傾斜地や、周囲が人工林ばかりで広葉樹の導入が期待できないところなどでは、自然力に頼るだけでなく積極的に広葉樹の植樹を行います。

人工林内の間伐を行い、豊かな下層植生を作ることで人工林の環境を維持しようとするのでしょうか。問題はスギ・ヒノキを今後どう扱うのか?従来通りの有用な木材を生産してくれる人工林として扱うことを前提とした混交林への転換なのか、そうではなく、自然遷移によりゆくゆくは、その土地本来の森林に戻そうと考えているのか、などなど具体的な解決策がこのパンフレットを読む者には見えないように思えます。明治神宮の事例からもわかるように、丹沢山系でも標高800m以下のヤブツバキクラス域(常緑広葉樹林帯)では、ヒトの管理をストップすると、次第に広葉樹の勢いが針葉樹を上回り、針葉樹は姿を消す運命にあることが予測できます。50年後、100年後の丹沢山系の森のあるべき姿を描くことが求められているように思われます。

3)人工林の再生

  • 林道から200m以上離れたスギ・ヒノキの人工林では、間伐を行い、木材として利用するとともに、伐採後は、花粉の少ないスギ・ヒノキや今後実用化する無花粉スギを植栽し、複層林などに誘導していきます。

三番目には人工林の再生を挙げています。最近脚光を浴びている《複層林への試み》を加えながら、森の環境を豊かにし、より良質の木材を生み出そうというものです。人工林の有効活用が望める複層林の導入は「生産量と蓄積量の増大が図れ、良質高価値材のコンスタントな生産が可能で、造林作業の省力化や労務配分の弾力化が図れ、安定的な経営が可能となる」(農林水産省林野庁 森林総合研究所のウェブサイトより)とあります。と同時に従来の人工林の管理に比べ、多くのマンパワーとコストを要するとも言われ、技術的にも難しそうですが、これは期待してみるしかありません。

広葉樹林の再生には《潜在自然植生》による植樹法が効果的

以上、神奈川県の森林再生の3つの施策を簡単に紹介しましたが、3つ目の人工林の再生を除くと、今後は広葉樹林を増やすことが森林再生には欠かせない基本施策となりそうです。この場合、実際には人工林や里山の雑木林の一角でまずは広葉樹の植樹を行い、徐々に広葉樹の植樹面積を拡大しながら針広混交林を作っていく積極的な方法が、自然力を利用した遷移(二次遷移)に任せるよりも、よりスピーディで現実的だと考えられます。

次に、針広混交林化の施策の前提として(人工林と広葉樹林の最終的な比率は地域によって異なるにしても)人工林は一部だけを残し、それ以外は全て広葉樹林に転換する方向性を持つことが本来の意味での森の再生につながると考えます。自治体が税金でまかなえる森林事業の範囲も量も今後ますます減少してしまうことが予想されるからです。豊かな環境を保った人工林を維持するには、人工林がある限り継続的な管理と費用が必要となり、商品としての採算が取れなくなり、管理放棄された民間のスギ・ヒノキ林までをいつまでも自治体の負担で手当てをするには厳しい状況になっています。

そして広葉樹林に転換する方法も、ただただ自然の遷移に任せるのではなく、人工林を伐採した跡地には積極的に多様な樹種からなる広葉樹の植樹を行い、森の再生を一日も早く試みることです。その際参考になる手法として、この備忘録のメインテーマでもある《潜在自然植生》による植樹法がオススメです。なにしろ、この手法だと植樹から3〜5年後には、太古の森がそうであったように、ヒトの管理は不要のまま森の原型が現れ、次第に豊かな生態系を自ら作り出しながら成長する森になるという訳です。宮脇昭さんが提唱する《潜在自然植生》による植樹法の今までの事例を見ると、植樹から10年で主木となる樹種は10m、20年で20mほどの樹高に成長しているようです。

《潜在自然植生》の宮脇昭さんがイメージする人工林から混交林または広葉樹林への転換法

森の力一ヶ月ほど前の備忘録《人と自然の共生のために何ができるか》で人工林の美観を讃える人々の考えを批判的に取り上げたことがありました。そのついでに、宮脇昭さんの人工林への思いとその対処法を彼の著作の中から抜粋しながら紹介したのですが、今回も同じことを試みながら、《潜在自然植生》の生みの親である宮脇昭さんがイメージする人工林から広葉樹林への転換法について考えてみたいと思います。

宮脇さんは『森の力—植物生態学者の理論と実践』(講談社現代新書 2013年)のなかで次のように言っています。

私は針葉樹がすべてダメと言っている訳ではありません。‥‥‥針葉樹もよいものは残せばよいのです。下草刈り、枝打ち、間伐、除伐などの適正管理が確実に続けられるのであれば、これからも適地、適木に応じてマツ、スギ、ヒノキなどの針葉樹も必要だと思っています。
そもそも適地の範囲を超えて画一的に単植林(モノカルチャー)にされたところに問題が潜んでいるのです。マツ、スギ、ヒノキの本来の生育立地をはみだして大量に植えて、管理ができなくなっていることが問題なのです。‥‥‥これからは、なるべく自生していた土地に植え、持続的な適正管理を行ないながら、利用していくことを考えればよいのです。(p141-p142)

今日の森の問題はその多くが人工林の問題だけに、管理しようにも管理できなくなった、山の地主が持て余している人工林はどうするのかという問いかけは問題の核心をついているように思えます。ここから私は、人工林の伐採面積を徐々に拡げ、これと反比例するようにその土地本来の《潜在自然植生》の広葉樹の苗木を植樹し、積極的に広葉樹林を拡大する手法を宮脇さんは考えているに違いないと思った次第です。この手法を図に示します。

比率1ー3

混交林のなかでの人工林の割合は、管理可能な許容範囲に収める

上図(人工林から広葉樹林への転換プロセス)では、最終的な人工林の割合を10%に抑えていますが、これは極端な事例であり、実際には下草刈り、枝打ち、間伐、除伐などの人工林につきまとう持続的な適正管理が可能な範囲で人工林:広葉樹林の比率は決められるのだと思います。同時に商品価値がある、つまり木材として利用可能な人工林の育て方も大きな課題です。その点、神奈川県の三番目の施策「人工林の再生」はこれに答えているのでしょうか。

話を『森の力—植物生態学者の理論と実践』に戻すと、伐採した人工林で商品価値がない場合の「生態学的な」活用法を含め、宮脇さんは次のような提案をしています。

いまある「マツ、スギ、ヒノキ」を生態学的に活かす方法もあります。将来、経済的にも対応できそうな立木はそのまま残します。一方で暴風などで倒れたり、間伐したマツ、スギ、ヒノキは焼いたりしないで、、そのまま斜面に対して横にして置いておけば、よい。そうすればそこに落ち葉もたまって、土壌が豊かになります。(p142)

この方法を簡単なスケッチにしてみました。こんなカンジでしょうか。

斜面

植樹用マウンドの作り方など宮脇式植樹法の詳細は備忘録《ふるさとの木によるふるさとの森づくり》シリーズの246にあります。参考にしてください。

最後に、人工林の問題と宮脇さんが提唱する《ふるさとの森づくり》について次のようにまとめています。

その上で潜在自然植生に基づく「ふるさとの森」づくりを行なえば、、自ずと土地本来の森へと確実に戻るはずです。多様な防災・環境保全林の役割を果たし、観光資源にもなりうる地域固有の豊かな緑景観を形成するでしょう。大木になったマツ、スギ、ヒノキ、さらには広葉樹林も、慎重に択伐して利用すればよいのです。
マツ、スギ、ヒノキなどのその土地に合わない客員樹種は一度伐採すればまた植林しなければなりません。しかし、潜在自然植生に基づく土地本来の森は、択伐しても後継樹が待ち構えているので、新旧交代しながらも地域経済とも共生する多彩な機能を果たす多層群落の森の力をいつまでも持続します。(p143)

(続く)

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