植生トレンド考1:《あの日、なぜ津波からこの神社は残ったのか。》と問いかけるポスターについて考えてみる

先日、最寄りの駅のホームを飾る壁面広告の中に、私のような《潜在自然植生》の学徒にはすぐにピーンと来るような広告ポスターを見つけてしまいました。キャッチ・コピーを《あの日、なぜ津波からこの神社は残ったのか。》としたこの広告主は《鎮守の森のプロジェクト》。ac japan(日本広告機構)がスポンサードしています。

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コピーには、標準的でもっとも美しい書体の一つであると言われる写研のmmoklをユル詰めで使い、フォトグラフの大きさや文字のポイントを含めて余分な要素を極力排除して、そのぶん余白スペースをできるだけ作ることで、最初に目が行くことになる左上の大き目のキャッチコピーが光るような格調だけが抜きん出た、気持ちのいい印象のデザインに仕上がっています。

この、美しさは力強い!というデザインコンセプトがここまであからさまになって表現されると、制作会社もおおよその見当がついてくるほどの、広告の伝統的でスタンダードな類の一つともいえるものです。

私が見たものはこの駅貼り広告だけだったのですが、《鎮守の森のプロジェクト》のウェブサイトを覗いてみると、多くの種類のメディアを使った広告キャンペーンとして長期間にわたり大々的に展開されており、tvcmから新聞雑誌、そして写真にあるような駅貼りポスターや車内吊りなどの交通広告までをカバーしていたようです。なので、多くの方が一度ぐらいは目にした経験があるのではないでしょうか。

*この広告キャンペーンの詳細は《鎮守の森のプロジェクト》のウェブサイトで確認することができます。

そこで、ここでは《あの日、なぜ津波からこの神社は残ったのか。》を問うこのポスターが多くの人に訴えかけようとする中身についてだけではなく、このポスターが私たちの目の前に突然のように現れた時代背景やその意味について考えてみます。

関東大震災から今日まで、実証されてきた常緑広葉樹林の減災力。

宮脇昭さんはその著作のなかで、1995年の阪神淡路大震災とその後発生した大火災のなかで、神戸の街中に残っていた鎮守の森や屋敷林などの常緑広葉樹林が火事の延焼を食い止め、地震によって傾いた家屋を支え倒壊を防いだたことをたびたび指摘しています。また、さらに時を遡っての1976年の山形県酒田市の大火では、旧家のタブノキの老木2本が延焼をそこでくい止めたこと。そ鎮守の森の後酒田市では、タブノキ1本・消防車1台!をキャッチフレーズに《小学校のまわりから下水処理場のまわりまで、タブノキを中心にウラジロガシ、アラカシ、ヤブツバキ、アカガシ、スダジイ、モチノキ、シロダモなどの幼苗を生態学的手法によって混植・密植したのだった。10年経って現地調査をすると、下水処理場のまわりなどでは、小さかった幼苗が、北限にもかかわらず、もう7m以上の、立派な冬も緑の常緑の森をつくっていた。》(宮脇昭著『鎮守の森』p16-17 新潮文庫)

今年6月に私が受講した《ふるさとの森専門家研修会》でも1923年の関東大震災での事例を踏まえながら森林と防災について興味深い講座を受けることができました。以下、講師を務めた国際ふるさとの森づくり協会(ReNaFo)の高野義武さんのテキストから抜粋してみましょう。

関東大震災では14万を超える人命が失われたと言われていますが、その80%が焼死によるもの。地震後に各所で発生した火事により、炎に囲まれて逃げ場を失った多くの人が広い空き地のある公園や学校、工場敷地などに押し寄せました。ところが、その避難場所の環境の違いが、人々の生死の明暗を分けることになったというのです。

避難場所のほとんどは、その周囲が板塀や水路で囲まれただけの作りだったため、高温の炎と熱風は簡単にそれらを飛び越えて避難者を襲い、多くの犠牲者が出る大惨事となりました。ところが、唯一そこに逃げ込んだ約2万人の避難者全員が助かった場所があったことが、のちに明らかになりました。現在の清澄庭園(旧深川岩崎氏別邸)がその場所です。清澄庭園の周りには他と違って幅数メートルの常緑広葉樹が茂っており、このわずか数メートル幅の常緑広葉樹が2万人の命を救ったのです。

ここで、冒頭のポスターに戻ると、2011の東日本大震災でも、その周囲のものが津波に押し流されてしまったなかで、ただ一つ鎮守の森=常緑広葉樹の森が神社を守ってくれたことを訴求しようとしているのですが、この備忘録に列記することができた関東大震災—酒田市の大火—阪神淡路大震災—東日本大震災という私たちに確認可能な範囲だけでも、潜在自然植生である常緑広葉樹が、多くの事例にあるように減災の役割を担っていたことがわかりました。

日本の潜在自然植生の一つであるヤブツバキクラス域=常緑広葉樹林帯は、一般的には関東以西の標高800m以下の地域に分布すると記述していますが、宮脇昭さんの本によると、それよりも北の一部太平洋沿岸に沿って海岸部にも分布しているようで、ヤブツバキクラス域の北限は東北地方(福島県)まで伸びているようです。実際に311では、福島県いわき市新舞子浜にあるクロマツと常緑広葉樹林混交する海岸林は、最大7mの津波を受けたにもかかわらず、他の植生に比べても、押し流されることなく津波に耐えることができたと報告されています。

このポスターは、ようやく常緑広葉樹の減災力が、社会的に注目され始めたことを示唆。

このように、これまでの多くの災害事例やその教訓を踏まえ、常緑広葉樹の活用が進められているかと言えば、残念ながら、これまでその形跡はないようです。例えば、災害対策基本法では市町村は緊急避難場所を指定することになっていますが、その避難場所を囲むように植栽することで人々を守ってくれるはずの常緑広葉樹の有用性には触れられないままになってきました。その原因の一つに、樹林で周囲を囲むとしても、都市部での樹林には美観が求められるため、季節の変化を楽しませてくれる落葉広葉樹や直線的な樹形が美しい針葉樹などが好まれ、これらが植生の標準の地位を獲得していることが挙げられます。また、防潮林にしても同様のことがいえるようです。

これに対して、宮脇昭さんをはじめ《潜在自然植生》に基づくふるさとの森=常緑広葉樹林の植栽を進めようとする人々の熱意と努力は、いかにも孤高の感がありましたが、ac japan(日本広告機構)がスポンサードした鎮守の森広告キャンペーンは、(この課題をここ2〜3年追いかけてきた私にとって)ふるさとの森=常緑広葉樹林の有用性が第三者によって、社会的に認知されはじめたことを示しているような気さえするのです。

この広告キャンペーンによって、多くの人が鎮守の森やふるさとの森=常緑広葉樹林について気にするキッカケ作りになることを願うとともに、日本各地でふるさとの森づくりを進めている人々がこれまでの殻を破り、もう一段飛躍することを期待せずにいられません。時代はふるさとの森の方へ、向かいはじめたようです。

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