常緑広葉樹林は植生の悪例でしょうか

前回の備忘録《常緑広葉樹世界暗黒論の恐怖》という大変刺激的なタイトルに続き、今回もある保全樹林の催しに参加しての体験報告という訳ですが、ここでも驚きの現場を目撃することになりました。

私の住居は、やたらと無駄に凸凹した地形を抱え込み、おかげで自転車で移動するのも大変骨が折れることで有名な横浜市港北区内にあるのですが、近くにある慶應大学日吉キャンパスの地形もまた凸凹しており、そこには区内でも最大規模の緑地が拡がっているといいます。この緑地の樹林帯を保全しようと、大学の教員有志が集まり《日吉丸の会》というユニークな名の組織を作って、樹林の保全活動&事業を続けているそうです。加えて、この会は環境・自然・生物などの分野でいくつもの賞を獲得するという栄誉に輝いているようで、彼らの活動内容は一体どれほど高いレベルにあるのか興味津々、(今から一ヶ月以上も前の4月下旬に遡ってしまいますが)定期的に開催されているという樹林ツアーに参加してきました。

これまでの私の《潜在自然植生》老学徒としての貧しい経験からしても、一昔前までこの一帯のが田畑だったとすれば、はおそらく雑木林が拡がっていたはずだと予想が付いていたのですが、実際にその通りで、小高い丘が幾重にも重なる里山風の斜面には、ちょうど春の季節にふさわしいケヤキやコナラなどの夏季広葉樹の新緑と草花に覆われた華やかな景観が私たちツーリストを迎えてくれました。

これらのかつての雑木林が人々の生活からその有用性を失って50年ほどでしょうか、この斜面で放置されたままに巨木化してしまったケヤキやコナラが倒木の恐れがあるというので、《日吉丸の会》では重機を使ってそれらを根こそぎ伐採し、跡地には再びケヤキやコナラの苗木を植樹するなどの活動を進めているといいます。

写真左は、斜面を覆う巨木化し、倒木の恐れがあるという夏季広葉樹の林。これら伐採した樹木の枝葉を使って植栽用の苗床をこしらえている(写真右)。ここには再び夏季広葉樹を植樹することになるそうだ。(慶應大学日吉キャンパス)

同じ雑木林の保全活動でも前回の備忘録で紹介した里山npoのそれとは違って、アカデミックな分野が持つ強みなのか、大学としての予算もきちんと付いているらしく、ボランティアに頼ることもなく専門の事業者に作業のすべてを任せており、私が見聞きした限りではその事業の確実性、信頼性など《日吉丸の会》の活動はビジネスライクに進んでいるような印象を受けました。特に植生に関わるような、長期間にわたって持続可能性が欠かせない事業を展開する上で要求される長・短期の事業戦略など優れたものを、彼らはすでに持っているようです。

という訳で、この日も数十人の参加者で賑わう里山の景観を愛でる人達による雑木林=夏季広葉樹林の保全活動を学ぶことができました。春には明るい林内で芽吹く新緑やこれに彩りを添える草花の風景から始まり、四季折々の景観を楽しませてくれる雑木林は、里山という言葉が持っているロマネスクと共に、多くの人々になかなかの人気を持っているようで、《里山の自然》というそれ自体が自己矛盾を孕んでいる言葉が、この世を謳歌していることがわかります。反対に、実はその土地本来の植生である常緑広葉樹林など、声もお呼びもまったくかからないのは、何故でしょうか。

実際、当日ツアーを案内してくれた《日吉丸の会》の代表の方も 、ケヤキやコナラの幼樹を育てることの労苦を説明するなかで、こんな表現もしていました。「ちょっと気を抜くと、常緑広葉樹がいつの間にやら林のなかに侵入してくる訳で、この侵入者には油断も隙もありません。」これでは、私たちのふるさとの樹木=常緑広葉樹はまったくの悪者扱いです。そして、この《侵入者》という言葉が伏線となり、ツアーの最終コーナーで彼ら《日吉丸の会》が基本的に常緑広葉樹をどんな植生として捉えているのかが、明らかになります。大学のキャンパスの凸凹を登ったり下ったりしながら、この場所が最後ですと、今までと違って、そこだけはスダジイと思しき常緑広葉樹の高木だけが立ち並ぶ一角に案内してくれました。

◎慶應大学日吉キャンパス内のいわゆる常緑広葉樹林

下の写真がそうですが、常緑広葉樹林と彼らが呼んでいる樹林の様相は、私たち宮脇昭方式による《潜在自然植生》を拡げようとする学徒が頭に浮かべるそれとはまったくと言っていいほど遠いものがあり、見るカゲもなく貧相なものです。このスダジイ単層林を前に《日吉丸の会》の代表の方が説明を始めました。「キャンパス内の広大な雑木林のなかでも、ここだけは昔の人が植えた常緑広葉樹林ですが、私たちはこの林を悪しき植生の見本としてあえてそのままにして残しています。ご覧のように常緑広葉樹林の林床には陽の光が当たらないため、雑草さえもまばらにしか生えていません。これでは大雨が降ると、表土が斜面を流れ落ちてしまうため下の施設への被害が心配な植生の悪例でもあります。」

写真はキャンパスのなかで唯一の常緑広葉樹のスダジイ林。単層林といえども樹冠の密度は高いため、年間を通して昼間でも林床にほとんど陽が差し込まないようで、見るからに貧しい林相がカメラのストロボ光でなんとか確認できる。この暗さのためか、下刈りのためなのか、雑草もまばらである。

ここは写真のように、高木—亜高木—低木—草本という多層に重なる群落をまったく作っていないところから推測すると、おそらくスギやヒノキの植林のように、スダジイの苗木だけを数メートル間隔で植樹したのでしょう、あえて形容するとすれば、このスダジイ単層の人工林を常緑広葉樹林とカンタンに呼んでしまうことが許されるのかどうかはともかく、常緑広葉樹林を《植生の悪例》とまで言い切ってしまうことには、その主張の裏側には何か秘密の思惑でもあるのではないか?と大きな疑問符が付いてしまうほどです。何はともあれ、これが本当に常緑広葉樹林と言えるのか?まずは参考までに他の常緑広葉樹林の写真を並べ比較してみましょう。

◎宮脇方式による植樹から9年目を迎えた常緑広葉樹林

今から9年前に高木・亜高木・低木の常緑広葉樹×15種類ほどの苗木を《混植&密植》という宮脇昭さんが推奨する手法により植樹したもの。この手法だと、植樹から3年間は雑草を駆除するなどの人手が必要になるが、その後は一切ヒトの手が入ることはない。そして植樹から10年近く経過すると、この写真のようにスダジイやタブノキを主木とする高木—亜高木—低木—草本類からなる多層的で豊かな森の基本的なカタチを自ら表すようになる。
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関東地方以西の低地では、その土地本来の植生である《潜在自然植生》=常緑広葉樹林は、その成長にはヒトの手も管理コストも不要であり、自然と共に育つという他の人工林や雑木林などの植生にはない、優れた特長を備えていることが実証されている。こういうところが《ふるさとの森》とも呼ばれている所以でもある。(湘南国際村)

◎鎮守の森の常緑広葉樹林

慶應大学日吉キャンパスから数キロしか離れていない場所にある師岡熊野神社の常緑広葉樹林。一般に鎮守の森と呼ばれているものである。創建は平安時代に遡るというこの神社の裏山には写真のように鬱蒼とした樹林が拡がっている。最近、全体が常緑広葉樹で覆われたこの裏山の頂きで縄文時代の貝塚跡が発見されたために、写真のように神社から山の頂上の遺跡に通じる遊歩道が設けられている。それまではヒトが分け入ることを許さない神聖な森ではあったが、歩道ができたために、こうやって森の中まで入って写真を撮ることもできるようになった。
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今から40年ほど昔の1970 年代、当時横浜国大で教鞭を執っていた宮脇昭さんのグループが神奈川県下の200余の社寺林の植生について現地調査をされたことがあった。そのレポートのなかに師岡熊野神社の項目を見つけたので、以下に一部分を抜粋し書き写してみる。《(この鎮守の森には)アカガシ、スダジイ、ケヤキ、コナラ、ヤブツバキ、モチノキ、ヤブニッケイ、イロハモミジ、シロダモなど、高木層と亜高木層が生育している。低木層と草本層は種類は少ないが、アオキ、ヤブツバキ、ヒサカキ、ヤブニッケイ、オオイタチシダ、テイカカズラ、ジャノヒゲ、オモト、ヤブラン、ヤブコウジ、マンリョウなどのヤブツバキクラス群のほとんどが占めている。土壌は黒ボクで厚く肥沃であり、また落葉層も厚い。》この40年前の記述が語る樹林景観は、ご覧のように今も、まるでそれが永遠に続くかのように見る人の前に広がっている。

◎明治神宮の森の常緑広葉樹林

nhk bs番組《代々木の杜(もり)の物語~明治神宮》からのキャプチャ画面。林床の一部分(画像では左端)にだけしか陽の光が差し込まないような環境にもかかわらず、高木から草本までの多層群落から構成されるこの森には、豊かな林相が広がっていることが見て取れる。植樹から80年を迎えた神宮の森は、当初の予想よりも50〜100年以上も前倒しで豊かな生態系を備えた常緑広葉樹の森を実現してしまった。造園当初は全国から寄進された数万本の樹木を、針葉樹:夏季(落葉)広葉樹:常緑広葉樹=5:2.5:2.5の割合で植樹し、植樹後は参道に降りこぼれる落ち葉をかき集め林内に戻す以外は一切の人為を排し、自然に任せっきりにするという育樹手法を採った結果、現在では樹種の構成が当初の5:2.5:2.5から1:1:8までに激変してしまっている。かつて全体の約半分を占めていたスギやヒノキ、マツなどの針葉樹はもちろん、秋になると彩やかに色づくクヌギ、ケヤキ、コナラなどの夏季(落葉)広葉樹もおそらく東京の本来の植生ではないことからか、次第に姿を消してしまい、いつの間にかこの土地本来の植生である《潜在自然植生》=常緑広葉樹だけが繁茂する森へと変貌を遂げたのである。今後も、ますます極相林としての常緑広葉樹の森に成長すると思われる。
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さらに付け加えるとすれば、nhk bs番組《代々木の杜(もり)の物語~明治神宮》によれば、注目すべきは樹木の成長だけではない。徐々に降り積もる落ち葉の下では微生物、バクテリアまでが地下の豊穣を実現しており、これを起点に循環する豊かな生態系がこの森に生まれようとしている。数十年毎に実施される神宮の森の生態系調査は、植生から土壌の微生物、小動物に至るまで生物界全体を総合的に調べるものだが、直近の報告では、営巣するタカの家族が確認されている。生態系の頂点に位置するといわれる猛禽類の登場によって、大都会の真ん中にあり自然からは孤立しているような神宮の森にも自然が再生されようとしているのがわかる。私たちが驚きをもって、この森を《奇跡の森》と呼ぶようになったのも十分頷ける訳である。

比べて見ると、あれを常緑広葉樹林と呼ぶのは、ちょっとアヤシイ

同じ常緑広葉樹林でも、大学キャンパスの樹林と他の3点の写真をこうして4枚並べてみると、その違いは一目瞭然のようです。そして後の3点はそれぞれ

  1. 宮脇昭さんが確立した概念である関東以西の《潜在自然植生》である常緑広葉樹林の再生を目的に彼の薦める《混植・密植》という手法で植樹したもの。
  2. 神の住まう森として、ヒトの手が入らないままに自然林としておそらく一千年以上の時間を経て来た鎮守の森としての常緑広葉樹林。
  3. 鎮守の森を目指し、将来は常緑広葉樹の森になることを予想した植栽設計のもと針葉樹から落葉、常緑の広葉樹まで多くの種類を植樹した明治神宮の森。

と、その生い立ちは様ざまですが、3つの常緑広葉樹林に共通するのは、いずれも高木—亜高木—低木—草本という豊かな植生の多層群落を構成しており、成育後はヒトの手が加わっていないという点です。そして、その正反対なのが、あえて植生の悪例として残していると《日吉丸の会》が紹介してくれた大学キャンパスの樹林になります。

繰り返しになりますが、《潜在自然植生》としての常緑広葉樹林を現代に再生してくれた宮脇昭さんの理論と実践。神社にあるため神聖な空間としてヒトの手が加わることなく自然のままに推移してきた鎮守の森と呼ばれる常緑広葉樹林、そして今から80年前に東京の自然の植生は常緑広葉樹であるという植生学の、当時としては先駆的な視点から極相林としての常緑広葉樹林の実現を目指して造園された明治神宮の森。このように幾つかの事例を集め比較するまでもなく、植生の概念や変遷、植生の比較調査、とりわけ常緑広葉樹林の成り立ちなど少しでも興味を持っている方であれば、この大学キャンパスの樹林を常緑広葉樹林と呼ぶのは、ちょっとアヤシイと判断したくなります。

ここから先は私の推測に過ぎないのですが、この大学に拡がる雑木林の保全現場では、ケヤキやコナラの苗木を等間隔に植樹しているのを見てきました。おそらく冒頭の貧相なスダジイ単層林も、これと同じような植栽法で(というよりも、この方法しか知らなかったために)ケヤキやコナラなど落葉広葉樹の苗木でも植えるようなつもりで常緑広葉樹のスダジイの幼木を数メートル間隔で植樹したのでしょう。雑木林や人工林の作り方をそのまま常緑広葉樹にも適用してしまった訳です。

加えて、このスダジイ林の林床の様子を見てわかったのですが、植樹後もこの地の雑木林の管理・保全方法と同じようなやり方で、他の樹種の侵入を排除し多層的な樹木の林に成長するのを防ぎながら、ここまでやってきたのだと思われます。

下の写真左は、一見除草し綺麗に掃き清められたような林床ですが、その背後に続く丘の斜面下の方まで降りてみると、写真右のように林床は一変します。ここまで下刈りなどのヒトの手が及ばないためなのか、一部掻き集められ捨て置かれたような枯枝葉の周りには、陽の光をさほど必要としない《陰樹》と呼ばれる数種類の常緑の低木&草本層が出現しており、その生育を見て取ることができます。このように自然に任せると、スダジイだけの貧相な単層林から多層群落を目指して他の樹木類も顔を出し、やがて長い時間をかけながら豊かな森として成長していくのでしょうか。

写真左のこのキャンパスのスダジイ林も、斜面の下を撮った写真右がそうであるように、ヒトの手をかけずに自然任せの環境に置くことで、多層な群落を形成し徐々に豊かな生態系を育む森へと変貌すると予想するのは希望的な観測に過ぎないのだろうか。私は森林綜合研究所のウェブサイトにあった次のような文章をヒントにそう願っている。《関東以南の森は、長い期間かけて遷移させたら、おおむね常緑広葉樹林となることが予想される。常緑広葉樹の高木種が多く存在する森にあっては、落葉広葉樹林のように、頻繁に間伐や下刈りを行う必要はない。基本的に、ゆっくり推移させていけば照葉樹林の純林になって行くから》

《日吉丸の会》に通底する神奈川県の《水源林広葉樹管理マニュアル》の無知

《日吉丸の会》が、これは植生の悪例である!と紹介する樹林を見学したおかげで、実は私のなかで長い間謎のままになっていた、ある一つの課題を解決することができました。その日は同時に、思わぬ僥倖にもありついたという訳です。その意味では《日吉丸の会》にお礼を申し上げなければなりません。

その課題とは備忘録でも何度か取り上げているのですが、私の住む神奈川県は県民の命の水を確保するため、丹沢山系などに広大な面積の水源林を持っており、水源林をしっかり再生・保全することも県の大切な作業の一つになっています。この作業を進める上で現場の指標となる《水源林広葉樹林管理マニュアル》というものがあるのですが、その冒頭には不思議なことに《常緑広葉樹林は林内が暗いために、水源林には向かない》とはっきりと書かれています。

標高の高低にかかわらず、端から常緑広葉樹は排除されている訳です。そうなると、残された広葉樹は夏季(落葉)広葉樹だけということになり、雑木林がそうであるように、広葉樹水源林の保全には半永久的にヒトの手を要しコストも発生することになります。他の植生に比べてコストもかからず豊かな生態系を育む(上に挙げた3つの写真のような)常緑広葉樹林ではなく、手間暇も管理費用もかかるようなものを、労苦を自ら抱え込むように神奈川県はなぜ好んで選ぶのか?ひょっとすると、県の金庫には有り余るお金でも蓄えられているのでしょうか。

さらに、神奈川県は常緑広葉樹を排除する理由に唯一《林内が暗い》ことを挙げています。この暗さが何故問題なのか?本来の常緑広葉樹の森といえば、上記の3つの写真事例のように高木—亜高木—低木—草本類からなる多層群落を構成し、特に低木—草本類には《陰樹》と呼ばれ少ない陽光の《林内が暗い》環境下でもしっかりと成長するヤブツバキクラス群の多彩な植生を擁することで、豊かな生態系を育む林相であることしか頭に浮かばない私にとって、この理由は到底理解できないものでした。

ところが、《植生の悪例=常緑広葉樹林》として紹介された貧相なスダジイ林を見てしまったおかげで、そして《林床には陽の光が当たらないため、雑草さえもまばらにしか生えず、大雨が降ると表土が斜面を流れ落ちてしまうため被害が心配な植生》との説明を聞いたおかげで、そうか!神奈川県も《日吉丸の会》と同じレベルでこんな貧弱な常緑広葉樹林を通説として作り出し、これを常緑広葉樹林のスタンダードとすることで、《植生の失敗》作としての烙印を押してしまったことが、わかったような気がしました。

真実は《植生の失敗》ではなく、彼らの《植栽法の失敗》にあることが《潜在自然植生》の学徒としてまだ日も浅いこの私にも簡単にわかるのですが、この神奈川県のカン違いは、無知の範疇に含まれると言われても仕方のないことではないでしょうか。

もっとも、実際には《潜在自然植生》としての常緑広葉樹林はほとんど消滅しかかっており、周りを見渡してみても、そこにはスギやヒノキの人工林かクヌギやケヤキ、コナラなどの雑木林の二次林しか残ってないとすれば、本来の常緑広葉樹林について一般の素人が無知なことも、理解できないでもありません。

とはいえ、前回の備忘録《常緑広葉樹世界暗黒論の恐怖》に登場した里山npo代表や今回の《日吉丸の会》の大学の研究者そして神奈川県の水源林事業のこれまでの担当者まで、森と樹木のプロフェッショナルであるべき多くの方々が、常緑広葉樹についての無知・誤謬・偏見という通説に捉えられている訳で、彼らを通説から解放する作業を始めることも《潜在自然植生》の学徒に課せられた緊急の作業ではないでしょうか。

このツアーの翌日、さっそく私は《日吉丸の会》に宛て、本来の常緑広葉樹林は明治神宮の森とか昔からの鎮守の森などのように豊かな林相を持っているものであり、昨日見せてくれた貧相な林を常緑広葉樹林というのは常緑広葉樹林についての偏見を助長するものではないか?従ってこれを「植生の失敗作」というのではなく、正確には「植栽法の失敗」というべきではないか?という二つの「?」を付けた質問メールを送りました。これに対して《日吉丸の会》事務局からは、真摯な内容の返事をいただきました。その一部を抜粋し、掲載させていただくことにします。

私どもとしましても「すべての常緑広葉樹林が悪い植生である」とは認識しておりません・・・(途中略)・・・しかしながら、見学ツアー当日に「すべての常緑広葉樹林が悪い植生」とも受け取れる説明となっていた可能性があり、今後は十分注意してまいりたいと考えております。