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樹木をめぐる冒険

私が《潜在自然植生》という大きな概念に覚醒してもはや三年、そしてこの植生のことを《ふるさとの森》とわかりやすく表現し、《ふるさとの森》作り事業を進めているnpo法人国際ふるさとの森づくり協会(ReNaFo)から植生工学士という資格をいただいて、本格的にこの分野に関わってみるのも、いいかも知れないと身を乗り出してから、これといった進展も見ないままにアッという間に一年が経ってしまいました。

まずは、樹木名を言い当てるようになること

植生の理論と実践にやる気になって、さっそく必要になってくるのが樹木それぞれについての知識を蓄えること。なかでもその樹木名を言い当てることが大前提になります。最初は山や公園で撮ってきた樹木の写真と樹木図鑑を照らし合わせながら、あれこれと格闘してはみたのですが、なかなかうまくいきません。やっぱり初心者にはその樹木の全体と葉・花・実・樹皮などの細部の様子をまとめたものが不可欠のようです。真実は細部に宿るという訳です。そこで、ウェブサイトを検索すると出てくる大量の画像から選んで並べたような、私だけの常緑広葉樹my notebook(高木編)を作ってみました。

*このmy notebookに載っている写真&文章は個人用に収集したものです。

と、こんな感じのものを必死のパッチでこしらえてみると、予想通り樹木情報を満載したmy notebookの効果は大きく、これを片手に森に入ると、常緑広葉樹林の主木となるシイ・タブ・カシ類の三種類の樹木名だけは、何とか正解を言い当てるようになったという訳です。ところが、高木だけでなく、亜高木・低木・草本の全編をフォローしようとすると、それはもう大変な労力を要してしまいそうで、躊躇していたのですが、先日こんな経験をしてしまいました。

冒険的な樹木名の調べ方

下の二つの写真は前回の備忘録にも登場いただいた二つの神社、師岡熊野神社(左)と明治神宮(右)の《潜在自然植生》=鎮守の森の林相を撮ったものですが、よく見ると同じ種類と思しき草本Aが存在感ある容姿で両方の写真に写っています。同じ関東地方とは言え、お互いに遠く離れた低地の鎮守の森に同じように在ることから《潜在自然植生》の一つである可能性が高そうです。椰子の葉にも似たこの草本Aは、一体全体何という名前を持っているのでしょうか。さっそく調べて見ることにしました。

この草本Aが《潜在自然植生》の一つであることを前提にすると、もうかれこれ40年以上も昔のことになりますが、宮脇昭さんが神奈川県下の200余りの社寺林を現地調査されたことがあり、そのレポートのなかでも師岡熊野神社(写真左)の林相について次のように触れています。

上の文章に載っている11種類の(念のために)低木層と草本層を一覧にして抜き出してみました。

残念ながら目指す草本Aは、この一覧のなかには見当たらないようです。だとすると、もともとこの地に自生していたのではなく、野鳥などが草本Aの種子を運んできたという可能性もあります。何れにしても、熊野神社にしても神宮の森にしてもヒトの手が入りづらい、陽の光があまり当たらない環境下にある鎮守の森でしっかりと育っていることを思うと、草本Aは常緑広葉樹林で育つ《潜在自然植生》の一つであるはずです。

気を取り直して次に試みてみたことは、神奈川県下の標高800m以下で育つ草本類を、《神奈川県の潜在自然植生》(宮脇昭編   1976年)を参考にしながら、上に挙げた種類を除いて一つひとつすべて書き出してみました。

ところが、これら18種類の草本類のなかにも見つけることができません。そこでもう一度、師岡熊野神社の草本Aを別角度から撮ったものを見てみましょう。

写真を改めて見てみると、冒頭では《椰子の葉にも似た草本A》と表現してしまいましたが、椰子の葉ではなく、実際はシュロの葉に近いようです。そのシュロの葉だけが突然、地面から顔を出したようなカンジで群れるように育っています。ヤシもシュロもいずれも九州地方の海岸部でよくみられるような、私のなかでは南国のイメージが強い植物ですが、この種のものが関東の地までその昔、北上→定着してしまったのでしょうか。

念のために急いでシュロをWikipediaで調べてみると、ヤシ科の常緑の高木であるとされています。それにしても、シュロと問題の草本Aの葉は限りなく同一の形状のようです。きっと、シュロという三文字を付けた草本バージョンの植生ではないかという、微かな希望も湧いて来ました。

さらにgoogleでシュロの画像を確認してみると、数多くの写真のなかから、ついに高さ30-50cmほどの細い幹に、上の写真のような葉をたくさんつけたシュロ似の植物が観賞用として販売されている一枚の画像を発見してしまいました。草本名は《棕櫚(シュロ)竹》。漢字表記ですが、やっぱりシュロの名前がちゃんと付いています。そして原産地は中国と書かれていました。

おそらく、その昔、中国から日本に持ってこられた棕櫚(シュロ)竹は、当初はヒトの住む敷地内で観賞用に格調高く植栽されていたのが、鳥がお腹のなかに入れたままその種子を運ぶなどして社寺林でも実生の芽を出してしまい、意外に環境的にも適合してしまったのか、その範囲が徐々に拡がってしまったではないでしょうか。

そして今では鎮守の森で、棕櫚(シュロ)竹はまるで《潜在自然植生》としてはるか昔からこの地で生き続けて来たかのように、すました顔をして堂々と群れているという訳です。これでは、私のような真面目な正直者が危うく騙されそうになったのも無理のない話しです。

人生をも投影してしまう《潜在自然植生》

このように、宮脇昭さんの著書や原色植物図鑑などのページを開きながらの悪戦苦闘もなかなか実を結ぶことなく、結局ヒョンなところで解決を見てしまったのですが、まるで私の人生をなぞったような、思うようには一筋縄ではいかない、なんとも不思議なプロセスと結論を握らされてしまったところなど、自然を相手にする《潜在自然植生》の理論と実践は、実に魅力的な分野なのかも知れません。

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