筑波山に拡がる針広混交林と森の未来

今、日本の森を覆いつくそうとしている人工林や雑木林の荒廃から、何とかして森の自然を再生したいと思い、その手法の一つとして宮脇昭さんが薦める《潜在自然植生》の理論と実践を究めようとするのが、この備忘録の唯一のテーマですが、先日茨城県の筑波山の麓で展開されている、宮脇方式を用いた針広混交林の植栽事業の現場を見学させていただき、その知見を大きく広める素晴らしい体験をしてきました。

茨城県中央に拡がる広大な常総平野に位置し、唯一の山塊としてたたずむ筑波山地。その主峰が筑波山になる。この山は溶岩などが地表に噴出してできた火山ではなく、地下深くのマグマがゆっくりと冷えて固まった深成岩(花崗岩)が長い年月をかけて次第に隆起し、侵食されてできた山とされる。林床には大きな花崗岩がゴロゴロと横たわっており、後で触れるように植樹作業にも大変な労力を要することになる。

この備忘録でも、その活動の様子をたびたび報告させてもらっているnpo法人国際ふるさとの森づくり協会(renafo)をはじめ、数多くのグループが宮脇方式による植樹&育樹活動を推し進め、各地で拡がりを見せていますが、そのほとんどはあらかじめ整備された裸地に《潜在自然植生》の高木・亜高木・低木から構成される10樹種以上のポット苗を混植・密植の手法で植え、その土地本来の森を育てようという、いわば純粋培養の形式と舞台が用意され、調和のとれた理想的な自然植生を人為的に具現化しようとするものです。

renafoが神奈川県の湘南国際村に作った常緑広葉樹林。十数種類の高木—亜高木—低木の苗を混植・密植する宮脇方式によるもの。写真は植樹から9年目を迎えた樹林。この頃になると、多層群落で構成される樹林は豊かな森の基本形を私たちに見せてくれるようになる。

従って、そこで育つ樹木や樹林は、上の写真のように時間の経過と共に、ヒトの手で作られた人工植生でありながら、同時に最も自然に近い植生としての豊かな森が生まれ成長するプロセスとその完璧ともいえる景観を、私たちに見せてくれます。

筑波山の森の多面的な機能を回復する《地球の緑を育てる会》の試み。

これに対して、今回紹介させていただく筑波山での試みは、実際に荒廃が進む広大なスギ・ヒノキ・マツの針葉樹人工林のなかにわけ入り、少しづつ間伐しながら、その跡地に《潜在自然植生》の常緑広葉樹のポット苗を植栽し続けることで、針広混交林に誘導しようとするものです。この手法により、目の前の管理放棄された森をまずは荒廃から救出&再生し、将来的には筑波山というこの土地に根付く植生と自然が拡がる生物多様性の森に、そして水源の森に育てようという訳です。この再生事業を進めるnpo法人が今回の主役となる《地球の緑を育てる会》。(英文名the association for fostering a green globeの頭文字を取って以下afgと表記)

筑波山の衛星写真(google map)。そのほとんどが緑に覆われており、特に濃緑色の部分が針葉樹人工林と思われる。私が afg からいただいた資料には、標高877mの筑波山について以下のように紹介されている。《筑波山は頂上部にブナ林を、中腹部にアカガシ群を、その他スダジイ、ウラジロガシ、シロダモ、ユズリハ、アオキ等の常緑広葉樹、ヤマザクラ、コナラ等の落葉広葉樹、スギ、ヒノキ、マツ等の針葉樹が多彩に混在する阿武隈山系最南端の山》*

筑波山のように、宮脇方式による常緑広葉樹の苗木を補植しながら、針葉樹林を針広混交林へと誘導する事例は、滅多にお目にかかることはできないほどの、全国でも数少ない貴重な試みですが、このafgの事業が今後も成功裡に進めば、今の日本の森の至る所で進行する深刻な荒廃から彼らを救い、水源涵養や豊かな生態系をはじめとした森の多面的な機能の回復を図るソリューションの一つとなるといっても過言ではありません。その大きな可能性を持っている事業の現場見学は、そういう意味でも実に興味深く、有意義なものでした。

実は2006年の《森林白書》で国は、森における生物多様性の保存の大切さを初めて掲げました。森林はもともと多様な生物種で構成されるべきであるとして、これまでの林業一辺倒から、本来の自然の生態系に倣って、針葉樹の単層人工林を多様な樹種で構成される混交林に戻すことを推奨し始めたようにも思えます。

針広混交林を作ることで、生物多様性を育み、それが多面的な環境保全機能である水源涵養や表土保全などの様ざまな生態系サービスの働きを活性化することにつながり、ひいては地球環境の悪化を食い止める一翼を担うことになるという訳です。

この《森林白書》から10年が経過しましたが、実際には針広混交林への誘導は困難な状況にあるようです。理由の一つは、この試みが技術的に確立したものではなく、目的とする林型も多種多様に考えられ、試行錯誤の状態であること。そしてもう一つの深刻な理由が、持続可能な森林に再生しょうとするこの試みは、人工林を半ば断念することにも繋がり、林業の健全な経営をますます阻害してしまうことにあるようです。

とはいえ、決して手をこまねいているという訳でもなく、森林総研をはじめとした多くの研究機関では針広混交林化に科学的な根拠を与え、その手法を確かなものにするために、さまざまな試みが行われています。それでも残念ながら、それらの内容を見ると、混交林への誘導とはいっても、間伐した跡地に実生の苗木が面積当たり何本育つのかを見守るという天然更新を基本に置くものであったり、同じ広葉樹林化でもそれが落葉樹林化であったりという訳で、このままではもっともっと森は荒れてしまいそうだ思ってしまうのは、果たして私だけでしょうか。

今年で11年目を迎え、世の中の一歩先を行く afg の針広混交林化事業。

《森林白書》が初めて森の多面的な機能を前面に押し出し、生物多様性と針広混交林に言及するようになった2006年というエポックメーキングな年に始まったのが、今回紹介させていただく afg による筑波山での試みであり、それは、日本の森林施業の一歩も二歩も先を進んでいる感を私に与えてくれます。

前置きが長くなってしまいましたが、さっそく筑波山の森の様子から見てみることにしましょう。森の現況をまとめると、以下のようになります。

  • 筑波山全体が国定公園に指定されており、山の自然景観の保全が重視される。
  • 山の中腹に建つ筑波山神社は、その周囲に375haの広大な神社林を所有。
  • 神社林には戦後植林されたスギ、ヒノキ、マツの針葉樹人工林帯があり、
  • これら樹林は、枝打ち、下草刈り、間伐等の管理が十分でなく、荒廃が深刻化、
  • そこにアズマネザサが侵入・繁茂し、足も踏み入れられない状態でもある。

このように、山の中腹に拡がる神社林の様子は、国内の針葉樹人工林が抱えている困難な課題をまるで絵に描いたように、そっくりそのまま表現しているようです。そこで afg は筑波山神社との間で《荒廃する針葉樹林を整備し、常緑広葉樹を植えて生態系に適った森に再生する》*という合意を結び、いよいよ宮脇方式による植栽活動が始まることになります。

2006年に800㎡の森の斜面に17樹種、約2,000本のポット苗をおよそ200名のボランティアの皆様と植樹したのがその始まりでしたが、その当初の活動の様子が afg の資料には次のように記録されています。

《(筑波山神社の)田中前宮司から最初に案内された場所は、過密に植えられた発育不良のスギ、ヒノキ、枯死したマツが点在、アズマネザサが異常に繁茂、筑波山特有の花崗岩が大小あちこちに点在、森林再生に十分価値がある場所であった。ケーブルカー宮脇駅の西方、梅林の上方である。》*

と若干のアイロニーを交えて記されているように、実際にその現場を訪れて見ると、下の写真(右)のように今でも林床のいたるところに大小の岩塊が横たわっており、土壌を掘ってみると、移植ゴテの先が入らないほどの硬さには閉口してしまうほどで、当時の植樹作業の大変さが伺えるのでした。

写真左:針広混交林の植栽現場を案内してくれたnpo法人地球の緑を育てる会(agf)副理事長の須藤さん。須藤さんの背後で高く成長したユズリハの幹は2006年に植えたもの。針葉樹林の樹冠で陽光を遮られるため、この環境下では比較的ゆっくりとしか育たないとされる常緑広葉樹の苗木も十年ほど経つと7〜8mほどの高さにまでなることがわかる。ところで、こうして写真の撮影にまで協力していただいた須藤さん、大変お疲れ様でした。また、大変ありがとうございました。

写真右:林床に今もゴロゴロと横たわる大小の花崗岩とその間隙を縫うように伸びる2014年に植えた常緑広葉樹の幼木。針葉樹を間伐後、写真にあるようなおよそ均等な間隔での植樹が求められるため、邪魔になる重い岩を移動することに手間も時間もかかったという。ポット苗を植える労力とその他の植樹の準備作業を比べると、どんな割合でしたか?と聞いてみると、95%は間伐、土留め、岩搬び、表層土作りなどに取られてしまい、植樹そのものにかかったマンパワーはせいぜい全体の5%ほどだった、と須藤さん。

このように、最初の植樹地となった神社林西側の花崗岩は特に大変だったにもかかわらず、毎年間伐から始まる造成地作業、植樹祭を繰り返し続けた結果、植樹地も筑波山の西側→北側→東側と拡大していき、累計ではこれまでに17,990㎡の面積に4万本強の常緑広葉樹の植樹実績を持つようになっています。加えて、この森を抱える筑波山が単なる国定公園である以上に、この地域の伝統や生活文化のシンボル**として、昔から多くの人びとに親しまれているランドマーク的な場所でもあるからか、多様な業態の企業が針広混交林の森の再生に賛同し始め、afg とタイアップしながら独自の森づくりを進めていることも、大きな特長となっています。

**植生に関心を寄せる者にとって、筑波山はもう一つの記念すべきシンボル的な場所でもあることを、大急ぎで付け加えなければならない。実は、日本の緑化事業は1933年筑波山での植樹から始まり、全国に波及したという歴史的な事実がここに刻まれていることである。全国植樹祭の原点でもあるというこの名誉は今も筑波山に建つ《全国緑化事業発祥の地》と記された石碑でも確認することができる。◎ 詳細はコチラ

最適な間伐率は、植栽地の環境を総合的に把握することで決まる。

写真は今年の夏に植樹したばかりの標高300〜400mにかけての神社林の東側斜面に拡がる植栽地を撮ったもの。これまで間伐も枝打ちもされないままに放置されていた成長不良のスギ過密林を、比較的幹が太くてしっかり根付いているものから残し、植栽地それぞれに異なる立地環境を見計らいながら、その場その場で最適な抜き伐りを行っているそうです。

そこで気になるのは、針葉樹の間伐率を決める条件になるという立地環境とは、一体どのようなものなのでしょうか。それは、土壌や水はけ、日射量であったり、風の流れや強弱、温湿度変化、pH、傾斜角度、方角などを指しており、これら様々に絡み合った条件を具体的に割り出し考慮することで、間伐の割合をはじめとした諸々を総合的に判断することになるといいます。

確かに、尾根や斜面、谷間などの単純な地理的な条件の違いだけでも、樹木の生育には大きな差異が出てくる訳ですから、立地環境を注意深く総合的に判断することは、《最適の植生》***を見つける上で欠かせない、大切なプロセスなのかもしれません。

***《最適の植生》を見つけるため afg が取り組もうとしているアプローチは、言ってみれば《植生工学》という科学的な概念に近いものと思われる。そして《植生工学》と聞いてすぐに思い浮かべるのは、この備忘録の冒頭にも登場した国際ふるさとの森づくり協会(renafo)が毎年実施している植生工学士養成のための3日間続く専門家研修である。私も単なる好奇心から参加したことがあり、その時の体験談を《ふるさとの森づくり専門家研修に参加する》というタイトルでアップしている。今からすると、研修内容を一割ほども理解できなかったらしいこの体験談のレベルは初々しさを隠せないものだが、実は renafo がこの専門家研修で伝えたかったことも、そして植生工学士に求めたことも同じように、科学と知見を動員する手法を使って《最適の植生を見つける》ことだったのが今頃になって分かってきた。植生の深淵の声を自ら聞こうとする者の耳には、それが聞こえたのである。実に、勿体ないことをしてしまった!

このように間伐の問題一つとってみても、私のように植生のビギナーにはなかなか一筋縄では行かない、簡単には知ることができない奥深さがあることがわかってきましたが、同時に afg には、林内環境が植生に及ぼす影響を総合的に把握し、判断を下すことを可能にする独自のノウハウがあることもまた、わかってきました。これは、これまで持続した事業の、他の者には獲得できない成果でもあり賜物でもあるようです。

ところで、上の写真でもわかるように、間伐材の活用も afg の事業の特長です。伐採したスギの幹は斜面の土留めとして利用し、小枝や葉は苗木を守るためのマルチングに使われています。宮脇方式の作業マニュアルにはマルチングは稲ワラで可能な限り厚い層になるように重ねて表土を覆いつくし、最後にワラのロープでこれらをしっかりと固定することが重要であると書かれています。これは、雑草の繁茂を防ぎ、表土の湿気を逃さないようにすると共に、土壌の流出を風雨から守るためですが、ここでは、写真のようにスギの小枝や葉っぱを施すだけで十分らしく、表土を覆い尽くすような稲ワラもロープも不要なのだそうです。

植樹から2〜3年間は定期的に不可欠な雑草取りも、ここでは2年に1回ほどでok。

この写真のように、間伐後も針葉樹冠がまだまだ林内を覆っているためか林床が暗い場所もあり、ここでは苗木の成長もゆっくりとなるようです。このように、注意してまわってみると afg では植栽地によって間伐の割合を変えており、そこには科学的な根拠があるらしいこともわかってきました。

しかも、写真のような林内の暗さは陽光をさほど必要とせずに成長するという常緑広葉樹にとっては《可》の範囲にあるものの、明るさを好む雑草たちには残念ながら《不可》のようで、実際に林床には雑草を見つけることができませんでした。これも宮脇方式の作業マニュアルによると、植樹後2〜3年間は定期的に必要となるという雑草取りなどは afg によると、せいぜい2年に一度ほど行えば十分だといいます。針広混交林を目指す林内ならではの環境が林務作業を大きく軽減してくれるという訳です。

植樹後10年になると、互いに競い合って成長し、針広混交林の基本形を見せてくれる。

植樹当初は、すでに大きく成長した針葉樹に囲まれて、遠目からはまるで雑草みたいに頼りなく思えた常緑広葉樹の苗木ですが、10年近く経つと写真のように、針葉樹の幹の間から盛んに競いながら空間を求めて枝葉を伸ばすようになり、その勢いは自分たちより数倍もある針葉樹を圧倒するほどのようです。

また、間伐の危機をパスして生き延びることができたスギやヒノキも、それまでの過密さから解放され、お互いに競い合いながらより高く・太く成長しているようだと言います。こうして競争し共存し合いながら成長する針葉樹&常緑広葉樹は、針広混交林としての森が誕生する最初のカタチを、私たちの前に自ら見せてくれるようになるのです。

しかも、afg の筑波山での針広混交林への試みが、植樹後は、人工林や雑木林には必ず付随してくるヒトの手による管理を基本的には不要****とし、森の成長をただ自然とその環境に任せてしまっていることに、最も普遍的な価値を見出すことができます。針葉樹人工林はそれが人工林である限り、また落葉広葉樹雑木林はそれが雑木林である限り、半永久的にヒトの管理と多額のコストに悩まされることを思うと、afg の試みは荒廃が進む日本の森を再生するきっかけの一つになるのではないでしょうか。

****例外として最近深刻さを増すようになった野生動物による食害対策が挙げられる。特に農作物への被害が甚大だが、植栽地でも大きな問題になっている。ここ筑波山も例外ではなくafg の資料でも《せっかく植えた苗もイノシシの出没により荒らされることが多い。スダジイを好み、根から掘り返す。ノウサギはシラカシを好み、ナイフで切ったように苗の先端を傷める。被害を防止することはできず、補植を行ったところもあるが、根さえしっかりしていれば、それなりに成長していく。》*とあるが、野生には比較的寛容であるようにみえる。筑波山の森を案内してくれた須藤さんも「彼らの方が古くから住んでいる訳だから」と優しかった。

百年後には、明治神宮の森のようになりそうだ。

この日は昼過ぎから森に入り、常総平野の西の地平線に沈もうとしている夕陽を筑波山神社から眺めながら、針広混交林の植栽見学会も、無事終了となりました。初めて体験する貴重な現場の数々を案内していただいたことで、afg が進める森の可能性をしっかりと見聞きすることもできて、予想以上の僥倖にめぐり合えたというのが率直な感想です。

そして、ついついこの山の神社林はこれからどんな林相を見せてくれるのだろうか?と森の未来へと想いは巡ってしまいます。私の勘が当たっているとすれば、今後もafg の事業が持続していくと、百年も経たないうちに、この森の景観はちょうど明治神宮の森がそうであるように常緑広葉樹を主木群とした高木—亜高木—低木—草本の多層な群落で構成される、自然に最も近い、自然の植生が繁茂する森へと成長を遂げるのでしょうか。

かつてヒトの手で作られ、今では《奇跡の森》と呼ばれるようになった明治神宮の森が辿ってきた百年の歴史と、afg が未来へ導こうとするこれからの森の歴史を、ついつい重ね合わせてしまいそうです。この二つの歴史が獲得しようとするものは、同じもののように思えるからです。

蛇足になりますが、私の過去備忘録《常緑広葉樹林は植生の悪例でしょうか》のなかで明治神宮の森について少し触れたことがあります。それら該当箇所をキャプチャー&以下に貼付し、今回の報告のマトメとさせていただきます。