《備忘》とは、忘れたときのためにあらかじめ用意しておくことであり、備忘録とは、そのためのノートの類いであるという意味において、《丹沢備忘録》とは、これから年甲斐もなく丹沢の森のことを勉強してみようとしている私にとってピッタリのタイトルだと思われます。
このウェブサイトは私の丹沢学習の初歩からの足跡を残しておくために今年2014年の夏から始めた備忘録ですが、思ったような成果を自覚できないままに半年近くが経ってしまいました。この自分自身のためだけに書き残そうと、まったくパッとしないメモ帳ごときものを始めることになったきっかけは、今からちょうど一年ほど前の丹沢をテーマにした講演会に遡ります。
その何人かの講演者が熱っぽく、または「今日は老人が多すぎてね(若い人が少ないから、どうもね)」ということなのか、淡々と語りながら進行するなかで、スクリーンに映し出された丹沢の今を撮ったスライド写真の一枚に(多少おおげさに言えば)衝撃を受けてしまったことを今でもはっきりと思い出すのです。丹沢のどこだか分からないのですが、山肌が大きく削られて、その削り取った土砂が大型のダンプカーに載せられ、急ごしらえ風の山道の上を運び去られている現場を撮った写真です。それは、コソコソと悪事を働いていると言ったような様子でもなく、強力にしかも堂々とこの事業を進めている風に感じられ、山の森も緑も徹底的に破壊されているような、敗北感に打ちのめされたような気持ちに陥ってしまいました。
戦後の日本が、山にスギ・ヒノキの林を大量生産することで一時は山に活気を与え、そしてときが経つとともに次第にその林を荒廃させた上に、今度はいよいよ土砂の供給地として、山そのものを崩そうとしている、その現場をそのとき見せつけられたという訳です。それ以来、この山塊の崩壊を止めるための方策を探しはじめるのですが、その前段階としての「丹沢の学習」からスタート。最初の半年は、丹沢の森を再生するための教科書となるような、何か基軸になる考え方とか理念みたいなものはないものかと、探しあぐねていたのですが、右往左往した結果、ようやくたどり着いたのが宮脇昭さんの一連の著作でした。特に彼の《潜在自然植生》という言葉は一本の太いスジが通った、他の人たちにはない概念を秘めているような僥倖にめぐりあった思いがしました。
この《潜在自然植生》を基本に、丹沢は果たして再生できるのかと、8月以降は宮脇さんの一連の著作を読みながら丹沢の現状を俯瞰・学習することにし、そこで始めたのがこの備忘録です。今日の独白を含め72のメモがあるのですが、自分のために残したとはいえ、どれもが中途半端で努力も明らかに不足した感を拭えないものばかりです。実に反省することのみ多かりきですね。