先週の備忘録《健全な常緑広葉樹林のカタチ》の最後で、植樹地の潜在自然植生を確定したい場合、近くに残存する鎮守の森を調べてみることが不可欠になりますが、例えば丹沢の場合、鎮守の森からどのくらい離れた場所までが、その許容範囲になるのだろうか?と、次のテーマを予め決めておいたのですが、何故、植樹地の近くの鎮守の森の植栽を調べてみる必要があるのか。宮脇さんはその理由を、著書『鎮守の森』(宮脇昭著 新潮文庫版 2007年)の冒頭で次のように語っています。
私は、その土地本来の森であれば、火事にも地震にも台風にも耐えて生き延びると主張し続けてきた。災害対策に際して森が重要な機能を果たす意味からも、それぞれの地域の主役になる木を中心に、根の充満した幼苗を自然の森の掟に従って混植・密植して、新たな森をつくるべきだと、今からでも遅くない、と。
その主張の根拠は、わが国の鎮守の森に代表される、ふるさとの木によるふるさとの森こそ長年の現地調査とあらゆる植物群落の比較研究から、最も強い生命力を有していると判断しているところにある。それぞれの地域本来の森の主役となる木を「ふるさとの木」と私はよんでいる。植物生態学的にいうと潜在自然植生の主木となる樹木である。神戸付近であれば冬も緑の常緑広葉樹、シイノキやカシノキやヤブツバキなどがそれにあたる。(同書p11-12)
このように優れた生命力をもつ「ふるさとの木」ですが、今日では鎮守の森とよばれている社寺林に残っているのみで、丹沢などの山地に分け入って探してみても、尾根や谷間にわずかに、しかも不完全なカタチでの自然植生が認められるだけであるというのが実情のようです。特に丹沢などの山塊域では林業の衰退による管理放棄され放置された人工林の問題がこの地域の環境を著しく劣化させていることも加わって、山の自然の大きな課題ともなっています。それだけに鎮守の森は、今日では潜在自然植生にとって貴重ともいえる存在ですが、この社寺林にも危機が迫っています。再び宮脇さんの『鎮守の森』からその部分を引用してみます。
今、その土地本来のふるさとの木によるふるさとの森、鎮守の森がどのくらい残っているか。私の住んでいる神奈川県は、全国土のわずか1/150ほどの狭い県土に人口は880万人を突破している。(2007年1月現在)人間が増えることがその県や市の発展だとすれば、東京に次いで発展していることになる。しかしそれと反比例するように鎮守の森は激減している。私たちが神奈川県教育委員会の依頼で1970年代に現地調査した結果では、すでに高木、亜高木、低木、下草がそろった、すなわち最低限の森の生態系が維持されているような鎮守の森は、たった40であった。かつては2,850あった鎮守の森が、戦後わずか30年足らずで激減したのである。(同書p19-20)
このように、宮脇さんは今から40年ほど前になる1970年代中頃に神奈川県下の199の社寺林を調べられ、その中の40を最低限の森の生態系が残っているランクAの鎮守の森として報告書に残しています。では、A〜Dの4つにランク付けしたなかでのランクAの表記基準とは具体的にはどのようなものでしょうか。この報告書に宮脇さんは以下のように書かれています。
4. 社寺植生の評価
調査された社寺林について、その自然度や面積、保全状況などを総合的に検討し、A、B、C、Dの4ランクに区分された。
(1) Aランク
その地域の潜在自然植生が顕在化された自然度の高い森林植物群落がまとまった面積を持つ社寺林を形成している。高木層から草本層にいたる各階層の発達が良 好であり、林床が破壊されていない。森林の面積は群落が持続するための十分の広さがあり、林内に裸地もなく、土壌攪乱が少ない。森林全体の保護状態が良好 であり、“ふるさとの森”としての価値がきわめて高いと評価される社寺林である。(同資料p155)
このように、極めて良質な状態の潜在自然植生を持つ40の社寺林の中には、西丹沢・大山の地域のものが5つ含まれていました。なにしろ40年前のことですから、これら5つの社寺林が今も“ふるさとの森”としての状態を維持しているのか、大変不安になりますが、以下にその5つのリストを並べてみます。
● 松石寺 (厚木市)
● 日向薬師(伊勢原市)
● 大山寺 (伊勢原市)
● 八菅神社(愛川町)
● 八幡神社(清川村)
そして5つの社寺を地図上にマッピングし、半径5kmの5つの淡い黄緑色で同心円を描いてみました。これを見ると、5つの鎮守の森は地図の中央を北東—南西の一線状に配列され、それは西丹沢・大山山塊の麓に沿って並んでいるようです。
また植樹地の「潜在自然植生を、高木—亜高木—低木—下草が揃って多層群落をカタチ作っている、近くの鎮守の森で調べる」という時に、その範囲を5km以内と仮定すると、下のような淡い黄緑色の円内で植樹する場合は、基本的に5つのいずれかの鎮守の森が参考になるという訳です。
これら5つの社寺に生育する鎮守の森のそれぞれの植生についての詳細は次の備忘録バックナンバーでも参照することができます。