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神奈川県の森林保全・整備事業

この備忘録では、これまでに数回にわたって神奈川県の森林保全についての取り組みを、県発行のパンフレット《神奈川の森林・林業》を参考にさせていただきながら見てきました。この他にもこれまで紹介することができなかった、主に森林保全・整備のための様々な事業があるようです。今回も教科書的・網羅的になってしまいますが、その概要を並べてみたいと思います。

治山事業

山崩れ、土石流、地すべりなどの山地災害が発生した保安林や発生が心配されている保安林について、治山ダム、土留、水路等の整備や緑化を行い、安定した森林に復旧して、その後の災害を予防します。

この事業は森林法や地すべり等防止法という法律の規定に基づき実施されており、林野庁が5年毎に森林整備保全事業計画を作り、実施目標などを設定。国が実施する直轄事業と神奈川県などの都道府県が実施する補助事業等に大別されるそうです。

ところで、森の植生と防災機能について宮脇昭さんは照葉樹林の森を積極的に作っていくべきとして次のように提言しています。

木を植えよ!s 現在、日本人の92%以上は照葉樹林域に暮らしています。そうした地域には、土地本来の樹種である高木のシイノキ、タブノキ、カシ類を中心に、防災機能を果たす森を積極的に作っていくべきです。高木を支える亜高木として、ヤブツバキ、モチノキ、シロダモ、ヤマモモ、カクレミノなどを、混植・密植します。

 なぜ、照葉樹林が災害対策に有効なのでしょうか。それは、大量の雨が降っても、多層群落の森ではそれぞれの層の葉で雨は弱められ、幹を伝って土中に浸透していくからです。地中には照葉樹の特徴である深根性・直根性の根が張り巡らされています。高木の根は地中深く入り込み、根の間にも、亜高木、低木の根群が重層して絡み合っているため、浸透した水は、根と根の間の土壌層によって保水され、浄化され、ゆっくりと流れます。こうして鉄砲水にならず、洪水を防ぎます。年間を通じて林内で保水、浄化された水がほぼ一定の量で流れ出るので、乾燥期には水源林としての機能も果たします。(宮脇昭著『木を植えよ!』2006年 新潮選書 p42)

実際、かつて丹沢が壊滅的なダメージを被ったという関東大震災(1923)とその翌年の丹沢地震直後の現場に足を運んで調べた踏査記録には次のような報告があります。

 低地はアカマツ・コナラ・カシワ・モミ・アラカシ・シラカシ・カヤなど、中層ではツガ・モミ・トチ・ブナ・クリ・ソロ・カエデ類・ホオ・スギ(天然)・シナノキ・サワグルミ・サワシバ・イヌザクラ・ヤマザクラ・ミズキ・シオジなど、1000m以上はブナ・ミズナラ・ウラジロモミ・アスナロ・ヒノキ(自生)などで、かつて在ったバラモミ・ケヤキの巨樹は大方伐採されていた。ケヤキは特に根張りが強く丹沢のような侵食地形では残すべきだった。

 明治末年からの大倉組による御料林の大伐採の跡地は、アカマツ・スギ・ヒノキが適地不適地の見境なく植林され、それが20年経過し、根の浅いこれらの造林地は跡形も無くなった。北側の津久井郡の払い下げ村有林も、ケヤキなど売払い、根こそぎ伐採したため、震災の崩壊が、凄まじく、見るも無残な有様になった。(武田久吉 1924)

林道整備事業

林道の役割としては、主に次の3つが挙げられます。

  1. 間伐など森林の整備がしやすくなります。
  2. 木材の生産コストが低くなります。
  3. 山で働く人の歩行労働が軽くなります。

神奈川県の林道の総延長は598km(215路線)ですが、その9割以上の大部分を県営および市町村営が占め、残りを森林組合と生産森林組合が管理しています。

宮脇昭さんは、森の中に道路を作ることについても、森の自然、特に「弱い部分」の自然が影響を受け、破壊されることがあると指摘しています。

木を植えよ!s 戦後、道路建設機材や技術の発達によって、高山帯まで、木材を搬出する林道だけでなく、観光客を目的とした広域林道、観光道路、山岳道路が次々に建設されてきました。その結果、人間に顔にたとえれば目に相当する「弱い部分」の自然である尾根筋、急斜面、谷筋、水際の植生が大きな影響を受けています。道路沿いでもりが破壊され、山崩れや土砂の流出によって警告が埋まり、水が汚染されました。湿原、河川、海岸では、改修のために樹木を伐採し、コンクリートで固めるなどの対応策が全国で画一的に行われ、しばしば地域の生態系を破壊しています。(宮脇昭著『木を植えよ!』2006年 新潮選書 p116)

また、森の生態系はたった一つの要因でも、それが極端に効いた場合は、破綻する。破綻するときには、トップ(つまり高木)が最初に責任をとらされると、富士山のスバルラインを例にとり、次のように警告しています。

(富士山スバルラインは)昭和30年代に山梨県企業局によって建設された我が国最初の山岳観光道路である。海抜1,600mまでの県丸尾の比較的新しい溶岩状のアカマツ林の中では立派な観光道路になった。ところが、海抜17,00mからちょうど現在の自動車道路の終点に当たる小御岳神社のある海抜2,300m余の駐車場付近までが問題だった。この一帯では、全体のバランスが取れているときには、日本の中部山岳地帯、特に太平洋側に発達している亜高山性の針葉樹林、シラビソ、オオシラビソ、コメツガの見事な樹林が発達している。胸高直径が50cm、80cm以上の突いてもびくともしなような亜高山性の針葉樹も珍しくなかった。

 この亜高山性の針葉樹林帯に、当時は環境アセスメントも何もないから、精いっぱいの土木技術によって道路をつけていった。しかも急斜面なので、いわゆるヘアピン道路をつけた。ところが、道路が完成してしばらくすると森の主役である高木・亜高木のシラビソ、オオシラビソ、コメツガがどんどん枯れていった。山梨県林務課から調査依頼があったのは昭和47、48年だったろうか。

 公共道路などの建設で他に代替地がない場合、路線計画上の木を50本、100本切るのは自然破壊とは言えないかもしれない。人間が生きるためには道路もつくらなければならない。しかし、残したつもりの大木が年に2,000本も3,000本も枯れていったことは関係者にとっても衝撃だったはずである。マント群落やソデ群落が失われて光や風が急に林内に入ったことが主な原因であった。一言で言えば森のシステムのバランスが崩れたのである。

 自然は自然の一員である人の顔のように多様である。例えば釘で引っ掛けばけがをする指で触るぐらいなら我慢できる頰のような比較的強い自然と、指一本でダメになる目のような弱い自然がある。高山植生、亜高山性針葉樹林などは一般に人間の干渉に敏感な弱い植生、自然である。スバルラインのケースは、あたかも目の中にヘヤピンを入れてガシガシやったようなものである。そこでバランスが崩れてしまった。その結果、バランスが取れているときには最も競争力の強い、威張っているように見えた高木層のシラビソ、オオシラビソ、コメツガなどの樹木が、責任を取らされるように最初に枯れていく。(宮脇昭著『鎮守の森』2006年 新潮文庫 p34-37)

保安林

森林が有している水源涵養、災害の防備、生活環境の保全・形成、保健休養の場の提供などの機能を高度に発揮させるため、森林法に基づいて指定された森林を保安林と呼び、その機能により全部で17もの種類に分けられています。そのうち神奈川県には13種類の保安林が指定されていますが、約51,700haの県の保安林面積のそのほとんどは、土砂流出防備保安林(49%)と水源涵養保安林(49%)で占められています。上記の公益目的を達成するために、林内では伐採や開発が制限されています。

*水源林の植生:水源林のイメージとして、広葉樹の巨木が茂る森林が引き合いに出されることが多いが、森林総合研究所の試験林などにおける観測結果によれば、針葉樹林と広葉樹林、人工林と天然林の間では水源のかん養能力(浸透能)の明確な差は確認されていない。浸透能の善しあしについては立木の違いよりも、地域の気象条件や長年形成されてきた土壌の質などによる影響が大きい。(ウィキペディアより)

このウィキペディアの記述、つまり森林総合研究所の観測結果が正しいとすると、宮脇さんが唱える照葉樹林が持つ水源涵養力の優位性(『木を植えよ!』新潮選書p42)は少し言い過ぎということになる。しかし、どちらが正しいのかではなく、事実はもともと存在しない自然を人工的に作る針葉樹林はそれ自体が無理な存在であり、下草刈り—枝打ち—間伐—除伐など一連の適正管理が確実に続けられて初めて存在が許されるようなものであることを考えると、これらの一連の適正管理をストップしたとたんに針葉樹林のシステムは崩れ去り、したがって水源の涵養能力も失われてしまうということになる。今日全国で、売りたくても売れない人工林の管理放棄が拡がっていることに問題の核心がある。

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