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《潜在自然植生の森》プレゼンテーション2

前回の備忘録《潜在自然植生の森プレゼンテーション》では、あらかじめ予定していたこの森をつくる事業の優位性を具体的に並べた訴求8項目の全てを記述することができず、2つを取りこぼしてしまいました。2つとも《潜在自然植生の森》が持っている防災機能に関するものです。

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そこで前回の補足編として広葉樹の深根性・直根性が持っている防災機能および多層群落を構成する常緑広葉樹林の特長の一つ、涵養機能が及ぼす洪水を防止する働きについて考えてみます。

常緑広葉樹で作る環境保全(防災)林

宮脇さんは常緑広葉樹による環境保全(防災)林を、緑地機能により人びとの環境を安全に保つ林であるとして、3種類の機能と10の具体的な効用を次のように表しています。このうち物理的機能が防災の働きを指しています。

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*上記緑の機能一覧表は、1979年に宮脇さん等により植樹された横浜国立大学正門奥の《横浜国立大学の森》に立てられた案内パネルを元にして作ったものです。東日本大震災後の今日では、物理的機能のなかに津波の被害を食い止めたり、少なくする《防波》の項目も追加されるはずです。

goodnewsところで、常緑広葉樹の強い深根性や直根性が示す災害を防止する働きについては、備忘録でもこれまで何度となく宮脇さんの著作から引用してきました。他にも幾つかの事例を紹介しており、例えば興味深いものとして印象に残っているのは、アメリカのある森林管理(林務)官の証言によると、ハリケーンが近づいたとき複層林では、風が打ち付けるたびに、木々がお互いに力を打ち消し合うのに対して、同じ高さの木が並ぶ単層林の森は、小麦畑のように揺れ動き、4〜5回目に揺れたときにすべてがなぎ倒されたといいます。(『グッド・ニュース』デヴィット・スズキ&ホリー・ドレッセル共著 ナチュラルスピリット社 2006年)

この事象は広葉樹が持っている深根性や直根性というだけの単純な範疇を超えて(おそらく広葉樹林に限らず)多様な機能が複合的に作用した結果であり、多層群落であれば広葉樹に限らず、樹林が共通して備えているものだと思われます。それが最も力を発揮するのが、常緑広葉樹の高木—亜高木—低木—草本で構成される多層群落の自然の森ではないでしょうか。

そして「緑のプール」とも形容されるこの多層群落で構成される自然の森は、これまで何度も触れたように、雨水や雪解け水による地表の侵食や大雨による表層崩壊を食い止める高い水土保全機能を備えています。これらの機能は、ヒトの管理が不十分になると林床の劣化や土壌の流出を招きやすい人工林や単層林の森に較べて、はるかに優れたレベルにあると言われています。

《緑の防潮堤》構想

冒頭に示したように、環境保全林の持つ重層的な機能をまとめた宮脇さんは、特に311以降は潜在自然植生の広葉樹林を《緑の防潮堤》として活用し、東北の海岸線数百キロメートルをこれで守っていこうと提唱しています。これは、これまでのクロマツの単層林が巨大津波には歯が立たず、根こそぎ流されてしまい、津波と共に押し寄せた樹木が反対に凶器となって家屋を襲ってきたという信じ難い経験からの反省に立って、これをカバーするのが広葉樹林であるという確固たる信念に基づいてのことだと思われます。

事実、局地的にですが、森の減災効果を示してくれた福島県いわき市の新舞子浜にある海岸林=防潮保安林のように、クロマツと広葉樹が混交する森のおかげで地中深く根を張った森が緑の壁となり、波砕効果によって津波の力を減殺することができ、また引き潮による被害も軽減されたという貴重な報告*も目にすることができます。

詳細は《いのちを守る防潮堤(いのちを守る森の防潮堤推進東北協議会)》のウェブサイトをご覧ください。

他方、最も防災林造成に適した木として全国的に植栽されていたクロマツ林にも松くい虫による被害が多く見られるようになり、立ち枯れ対策やコスト増に悩んだ自治体の間では、クロマツと広葉樹の混交林や広葉樹による複層防災林の研究・植栽の試みも行われるようになりました。

以上のような状況下で、宮脇さんが主催するグループが植樹した常緑広葉樹の苗木の半数ほどが枯れてしまう被害にあってしまい、海岸林の樹種について再検討されるまでになったと、ネット上に置かれている過去記事を元にその間の詳細を備忘録でも取り上げた*ことがあります。おそらく汀線から近すぎたためか、予想外の風のため海塩飛沫の被害を直接受けてしまったことが原因と思われますが、植生を知り尽くした宮脇さんでさえしくじることがあるのかと、びっくりしたことを覚えています。

詳細は過去備忘録《宮脇昭さんと緑の防潮堤》をご覧ください。

このように対津波対策としての《緑の防潮堤》構想も、クロマツと広葉樹の混交林や広葉樹による複層防災林の研究・植栽の試みもまだ道半ばであり、常緑広葉樹が持っている大雨・強風・地震・火災などを抑える防災機能だけで問題が解決するわけではなく、様々な選択肢を複合的に考える必要がありそうです。

(以下備考)
ところで、江戸時代あたりから海岸林といえばクロマツ!とクロマツの林が磐石な地位を独占していたのは、飛砂や潮風に強い性格に加えて水分も栄養も少ない砂地の上に樹林を伸ばすことができるという他にはない特長を持っていからですが、ここに来てこのクロマツ林も松くい虫による被害に襲われたり、立ち枯れも全国的に目立つようになってきています。その原因は、どうやらヒトの側の歴史的&文化的な生活の変化に関連しているらしいのです。
クロマツが砂地でも育つことができるのは、土壌に含まれるわずかな水分や栄養をしっかりと摂取できるという独自の技術を持っているからであると言われています。その秘密は、彼らの根に付着している菌根菌にあるのですが、このキノコの菌が水やミネラルなどの栄養分をせっせと吸収しクロマツに与え、クロマツはその対価として光合成で得た養分を菌根菌に与えるという共生関係を築いているそうです。
 
このようにして、独特の手法を用いて海岸の砂丘で繁茂していたクロマツ林は、化石燃料を持たなかったかつての地域の人々にとっても、実は林内の松葉や枯れ枝は貴重な燃料の供給元でもあり、日頃から間伐や枝打ち、下草かりとヒトの管理が行き届いていたと言います。ところが近年の生活の変化が松葉も枯れ枝も不要とし、そのため林床はこれらが厚く堆積するままに取り残され、この環境変化がこれまで共生関係にあった菌根菌を生存の危機に陥れ、共生相手を失った結果、クロマツは病弱になってしまい、立ち枯れなどが発生するようになったということです。ここで、マツ林もかつては里山の雑木林と同じような役割も持っていたということがわかります。

最近はこの間隙を縫うようにして広葉樹も現れているようです。が、たとえ枝葉の堆積物により土壌養分が豊かになったとしても、残念ながら砂地の水分の不足は如何ともし難く、このためせっかく芽を出した広葉樹も大きくは育たないだろうと言われています。このため、汀線に近いエリアにはこれまでのようにクロマツの林を維持し、徐々に海岸から離れるにつれて、広葉樹を主体に置くような混交林の導入が実施されるようになっているそうです。

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