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広葉樹林整備マニュアルを読む2

前回の続編になります。前回は神奈川県が作った《水源涵養域での広葉樹林整備マニュアル》を通読した上で、次のように検証課題を自らに課してみました。下の文章は県のマニュアル中、私が注目したパートを私なりにまとめたもの。赤下線はそれぞれ、本当にそうなのか?検証してみたい課題です。

最初の課題は「潜在自然植生である常緑広葉樹林は下層植生が貧弱」という整備マニュアルの冒頭の指摘(a)についてのものです。これは《潜在自然植生》のパイオニアである宮脇昭さんの言説と彼の言説を結果的に実証してしまった観がある明治神宮の森の事例を持ち出して、場合によっては必ずしも貧弱にはならない場合もあるのかもしれませんと、勝手ながら付帯意見を付けてしまいました。

〈検証02〉自然遷移の手法で、薪炭林を階層構造の発達した落葉広葉樹林にすることは可能か?

更に検証は続きます。次に、その土地に昔から自生していた潜在自然植生ではない落葉広葉樹林を自然遷移という手法により、階層構造の発達した植生にすることの可能性について。

この課題に入るその前に、まずは薪炭林=雑木林のことを一度整理してみましょう。例によって宮脇さんの本からの引用になります。

木を植えよ!s手入れが必要な雑木林
しかし、現在みなさんが目にする森のほとんどは、土地本来の自然の森とはおよそかけ離れたものです。・・・(途中略)・・・次いで、各地の里山に見られるいわゆる雑木林です。最近では一種の流行のように、里山の雑木林に多くの人の関心が注がれています。関東以西にある落葉広葉樹の二次林である雑木林は、化石燃料や化学肥料などない時代に広く利用されていました。木炭や薪をとるため15〜20年に一度伐採し、また田んぼに入れる肥料や牛小屋に敷く草をとるために2、3年に一度下草狩り、落ち葉掻きをするなど定期的な管理をすることにより維持されてきました。

地球上の常緑広葉樹林帯全体からみれば、日本列島は北に位置しています。したがって、定期的に行われる伐採によって常緑樹の再生力が衰えてきます。そこに、本来はもう少し高所や北方に自生していた落葉広葉樹のコナラ、クヌギ、エゴノキ、ヤマザクラなどが育成するようになりました。関西では針葉樹のアカマツ、中国地方以西では落葉広葉樹のアベマキも含まれます。大雑把ながら定期的に人間の手が入ることによって、里山の雑木林が成立しているのです。

このような落葉(夏緑)広葉樹林であるクヌギ—コナラ林、すなわち雑木林は、1930年代からイギリスの落葉広葉樹林を研究していた a.g.タンスレイも言っているように、垂直的にうまく太陽の光エネルギーを使うために、林の下から春が来ます。日本では、春先にまずカタクリやキンラン、ギンランなど林床の植物が花を咲かせ、次にツツジの類など低木が花をつけます。

関東では四月半ばになると、高木層のコナラ、クヌギ、エゴノキなどの梢の先が薄いねずみ色になり、ついで萌黄色、五月の末ともなると、濃い緑色になって、多くは目立たない花を咲かせます。雑木林は秋に落葉するので、林床に光が入って明るい空間ができます。そのために、草原の植物、例えばススキ草原の構成種やマント群落の構成種が入ってきます。マント群落とは、川や草原などの解放地と森との境にある「林縁群落」のことです。本来の森の植物とは異なり、まるで森にマントをかぶせたようにツル植物のクズやカナムグラ、サルトリイバラ、低木のウツギ、ニワトコなどがその周囲を囲みます。自然に近い森が破壊されると、本来は林縁で森を守っていたはずのマント群落の構成種やさらに関西以西ではネザサ、関東ではアズマネザサなど草原性の植物が林内に入り込み森が荒れた状態になります。

一見、雑木林の構成種数は多いように見えますが、一時的に色々な植物が入ってきてヤブ状になっているにすぎません。
・・・(途中略)・・・
雑木林も、これから150年、200年かければ現在林内に稀に見られるシイノキ、タブノキ、カシ類の芽生えや幼木が大きくなり、土地本来の森が再生するはずです。(宮脇昭著『木を植えよ!』2006年 新潮新書 p24-28)

薪炭林=雑木林の全体像を捉えようとして長い引用になってしまいましたが、宮脇さんの考えを一言で表すと、(その土地本来の植生ではない)雑木林を雑木林のままに維持するためには、定期的な人間の管理が必要になるということです。また、管理を放棄するとたちまち森は薮化してしまい、そのうち(と、言っても200年ほどの時間が必要のようですが)その土地本来の常緑広葉樹の森になると結論付けています。

薮
この宮脇さんの考えに従うと、定期的なヒトの管理を離れた自然任せの遷移という手法では薪炭林=雑木林は「階層構造の発達した植生」にはならない可能性がある、ということになります。上の写真のように、いろんな植物が入ってきて薮状になるだけで、高木−亜高木−低木−草本と連なる階層構造を形作るのは難しいようにも思えます。

理にかなった標高800m以上は自然遷移とする手法

では、階層構造が豊かな落葉広葉樹林という目標林へと導くための県の基本的な整備方針をマニュアルからピックアップしてみます。下表がその一覧ですが、整備区域が私有林のため所有者の意向により、材木生産を目指す場合は《生産配慮型》、それ以外を《土壌保全型》とし、後者を標高800mを境に高低の2タイプに分け、全部で3タイプの目標林に分類しています。

具体的な整備事業は《土壌保全》・《森林管理》・《基礎改良》の3つの分野にわたり、3タイプの目標林ごとにキメ細かくそれぞれの作業内容が記載されています。そのうち《土壌保全》は本来の斜面傾斜域の土壌侵食対策に加え、シカの食害による植生被害対策を主な内容として、エリア全体で区別することなく取り組まれています。

《森林管理》分野は林相のタイプにより、作業内容も大きく異なっていることがわかります。右端の材木生産を目指す《生産配慮型》の場合はヒトの管理が必須となるため、植生状況によっては多くの作業が欠かせなくなっています。注目すべきは800m以上の《土壌保全型》広葉樹林の整備項目です。この区域では人の手を入れずに、ほぼ自然の成長に任せる手法を採用しているようです。関東地方以西の800mを超える標高域では潜在自然植生は夏緑(落葉)広葉樹林(丹沢山系ではブナクラス域)となるため、この手法が可能になるのだと思われ、マニュアルにも「概ね標高800m以上の生態保存森林ゾーンに位置する広葉樹林では、管理用径路及び土壌保全工の整備を基本とし、原則として林相改良など伐採などを伴う森林整備は行わない」と明記されています。

他方800m以下になると《土壌保全型》広葉樹林では、オプション事業と留保付きながらも、植生状況や条件によっては、多くの作業が必要になってくるようです。実際に神奈川県では整備対象の植生の状況をどのように区分しているのか、一覧を見てみましょう。

整備区分

このように植生の現況を5つのタイプに分類し、それぞれの整備方針を立てています。おそらく800m以上の《土壌保全型》広葉樹林は、そのほとんどがシカの食害による下層植生の劣化をカッコにくくると、Ba〜Bbを保っていると思われ、上述のように、基本的にヒトの手を入れずに自然遷移に任せることが可能と思われます。また、区分Dの標高300m以下の観賞用林分としての里山の雑木林は、それが里山である続ける限りは定期的な管理が不可欠になります。

問題は標高300〜800mの落葉広葉樹林の管理です。(この稿、次回に続く)

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