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宮脇昭編著《神奈川県の潜在自然植生》を読む02

bookSs《神奈川県の潜在自然植生》は、7つの章とその前後に《はじめに》および《おわりに》の2つの文章から構成されています。これから、私はこの本に書かれている個々の内容を紹介してみるつもりですが、同時に宮脇昭さんたちがこの本に込められた思いをもくみ取りながら、その思想を私なりに理解することができれば、と考えています。そのためにも、わずか4ページの分量ですが、この本の全体を俯瞰すべく設けられたと思われる《はじめに》と名付けられた序章から、読後感想を始めてみることにします。

実は、この小豆色の表紙やページをめくるとそこに掲載されている写真や図表の多くを見たことがあり、これまではおそらく図書館でのことだと思っていたのですが、念のためにpcにストックしたデータを探してみると、嬉しいことに《神奈川県の潜在自然植生》の全文がネット上にpdfファイルとして公開されており、私はすでにしっかりと私のハードディスクにこれらのpdfをダウンロードしていることがわかりました。この激重要な事実を忘備録の筆者は完璧に忘却してしまっていたという訳です。ところで、そのウェブサイトはJAIRO(Japanese Institutional Repositories Online)。
以下のアドレスに各章ごとに分かれて格納されています。→http://jairo.nii.ac.jp/0009/00005393

文明の興亡と森林の密接な関係

前回の《宮脇昭編著《神奈川県の潜在自然植生》を読む01》では、その地での人為的な干渉が止まり一旦潜在自然植生が成立すると、ヒトの管理がなくとも、この植生は半永久的に持続するという宮脇さんの言説に対して、ここで使われている《半永久》という言葉にはどんな意味があるのかを、地球の歴史を持ち出したりしながら、あれこれと詮索してみたのですが、今回も世界の人類史を俯瞰するところから、この書物は始まります。

翻ってヒトの歴史を眺めてみると、世界の文明発祥地の自然の多くは常緑広葉樹林域と深い関係性があるようです。例えば、紀元前3,000年頃のメソポタミアとエジプト、紀元前8世紀のギリシャとそれに続いた古代ローマのように、地中海地方を中心とした文明の自然はいずれも常緑広葉樹林帯の硬葉樹林域にあたっていましたが、自然の開発利用がそれぞれの地域あるいは地方の許容限界を超えても、自然の回復、郷土の緑の復元が計られなかったために《》内は本書からの転載です。以下同様)それらの古代地中海文明は、興亡を繰り返さざるを得なかったのだと、言います。

文明域
現在でも、かつて文明が栄えたこの地方の自然の荒廃はそのままとなって、砂漠化してしまった地域もあり、現在の西欧文明の中心は、かつての常緑広葉樹林帯よりも北に移動し、その自然は冬になると落葉するヨーロッパブナ—ヨーロッパミズナラ林などの夏緑広葉樹林になってしまったというわけです。

そして、もう一つの文明が発展した地域である中国、朝鮮そして日本の自然は、地中海文明の地と同じ常緑広葉樹林のもう一つのタイプである照葉樹林域に属しておりスダジイ、タブノキ、シラカシ、ウラジロガシ、アカガシなどを主とし、春に赤いツバキの花が咲く、ヤブツバキクラス域と呼ばれていることは、当備忘録でも何度となく触れた基本でもあります。

ところで、常緑広葉樹林の3種類の主木を並べるにあたって、宮脇さんはいつも彼の書籍では《シイノキ、タブノキ、カシ類》などと、シイ→タブ→カシの順に記述しており、普通だと五十音に並べるはずですですよね、優先度の違いでもあるのですか?と一度、潜在自然植生のプロフェッショナルに質問してみたことがあるのですが、この専門家は「カシ→シイ→タブと順番に発音するよりも、きっとこの方が語呂合わせがいいのでしょう」と教えてくれました。なるほど、深い意味はないようです。

日本列島の自然は、関東以西と海抜800mの2つが、キーワード

そこで、日本の自然を詳しく眺めてみると下図にあるように、緯度や標高の違いによって4種類の植生に分類されます。このうちヤブツバキクラス域(常緑広葉樹林帯)とブナクラス域(夏緑広葉樹林帯)がそのほとんどを占め、なかでも濃い緑で示されたヤブツバキクラス域(常緑広葉樹林帯)には日本人の80%が住んでいると言われています。このヤブツバキクラス域(常緑広葉樹林帯)は、一般に関東地方から西の海抜700〜800m以下の地域と言うことができます。

日本の植生

このように、800m以上の標高が重なる関東の中部山岳地帯にはブナクラス域が進出していますが、関東地方平野部から奄美、沖縄県にいたるまでの地域がヤブツバキクラス域に覆われていることがわかります。次に、標高差および緯度を軸にした植生図を見てみましょう。

日本の植生2

本書にさらに本州中部で海抜約1,600〜2,400mの間は、東北、北海道と北上するに従って下降するシラビソ、オオシラビソ、北海道のエゾマツ、トドマツ、アカエゾマツを中心とする亜高山性針葉樹林帯、2,400m以高のハイマツを主とする高山帯とに植生区分されるとあるのは、上図のようなことを記述したものです。

神奈川県の植生とその特徴

関東地方の太平洋岸にある神奈川県は、最高峰が丹沢山系の蛭が岳の1,673mであることからも明らかなように、その大部分はヤブツバキクラス域(常緑広葉樹林帯)で占められ、一部丹沢・大山山系および箱根など県北西部の海抜700〜800m以高の地域がブナクラス域(夏緑広葉樹林帯)の二つのシンプルな植生分布にあることは、上図からもうかがえます。

また、今から40年も前の1976年に発刊された本書には、神奈川県が特に抱える特徴として、植物生態学者としての見地から以下のように指摘されています。

神奈川県はすでに古くから人間が定住して、自然や植生に持続的な影響を与えており、さらに最近の急激な都市化、産業の発展は、限られた県土に、すでに650万人以上の人口を擁している。このような人口の過集中は、局地的には東京湾沿いに見られるように人間の生存環境の枠を超えるほどの大規模な土木技術や、未だかつて人間も生活している地球上の生態系、生物社会、さらには生物圏にはなかったような、あるいは、あるところにしか限られてしか存在しなかったような新しい産業廃棄物の排出・拡散による自然環境の荒廃がもたらされている。

特に戦後30年にわたって、たとえ善意でも新しい技術や莫大な資金が集中投下された沿岸産業立地や都市部ほど植物砂漠、都市砂漠化を伴う深刻な環境破壊がもたらされている。人間の本質的共存者であり、環境破壊の生命集団の側からの生きた警報装置でもある強度の緑の喪失に象徴される、人間の持続的な生存環境が荒廃・破綻しているところでは、単に現在部分的に残存している自然の保護だけでは不十分である。

もとより、生きた構築材料による、人間の生存を保証する環境創造には時間がかかる。したがって現存植生図を基礎に、まだ残されている自然度の高い、潜在自然植生と同じあるいは自然植生に近い森林、湿原、草原は最優先に保護されなけれなならない。

しかし、現存植生図ですでに完全に植物砂漠化している現状が読み取れる東京湾沿いの、たとえば旧東海道線から海ぎわまでの間などでは、現存する植生や自然にはも早や保護する何物をも残されてはいないほどの植生砂漠化が進行している。

当時すでに深刻化していた県下の環境の荒廃と破壊に対して、以下のように提言しています。

東京湾沿いをはじめとして、過密な都市部や新産業立地を抱え、残された丹沢、大山、箱根山地はもとより、三浦半島、真鶴半島などの海岸部の残存自然食聖域、多摩丘陵、県央部など昔から住民生活と共存して固有の田園景観を形成してきた半自然植生や持続群落としての代償植生などを有しており、さらに開発により自然破壊、環境汚染をもたらす危険性のある地域も含めて、神奈川県の自然保護・環境保全計画は積極的な環境創造もあわせて計画。実施されなければならない時機に立ち至っている。

と記述されており、なかでも私たちが注目すべきは積極的な環境創造の具体的な中身が、潜在自然植生の創造に他ならないことであり、この目的のために、本書の役割を次のように自ら課しています。

現存植生の自然度を客観的に確かめるためにも、また間違いの少ない、時間とともにより多様で、安定した人間の生存環境を想像し、将来にわたって保証するためにも、洗剤自然植生の把握とその具体的な配分を確かめることは、最も重要な前提条件となる。

本書の責務は以上のような前提条件を整え、築き上げることにあるとしています。同時に本書の提言=潜在自然植生の復元、環境創造という課題はその後40年を経た現在、どのように扱われてきたのか、を検証してみる必要があるようです。

神奈川県の自然植生の復元のために

神奈川県下の大部分の地域のように古くから様々な人為的干渉の結果、成立している文化景観域では、もはや現存している自然植生は極めて少ない。また、現在その立地や植生に対する一切の人為的干渉を停止したとしても、かつてそこに成立した原植生が、そのまま復元するとは限らない。長い時間の流れの間に、また最近のような立地の質までを変えうるほどの地形の変化、産業廃棄物の投棄による環境の悪化は、現在の自然植生を支え得る潜在能力に変化をもたらしている場所も少なくないと考えられる。

したがって、それぞれの立地に応じた植生の復元や緑の環境創造には、現在の潜在自然を客観的に把握することが、全ての前提条件となる。さらに隣接諸科学の発展の基礎図として、また、応用面では自然環境の保全、緑の復元の生態学的処方箋として潜在自然植生図の作成は極めて重要である。

一体、何のために現在の潜在自然植生を客観的に把握するのか?を、この本を読もうとする者にひたすら問い続けることになります。

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