常緑広葉樹世界暗黒論の恐怖

最近、植生について二つの興味深い体験をして来ました。いずれも雑木林や里山で主役になる夏季(落葉)広葉樹と、関東地方以西の低地ではその土地本来の植生でもある常緑広葉樹とに関わるものです。

一つ目は、関東学院大学×横浜ウォーカー特別公開講座『横浜学』24th Lesson「横浜とみどり」という少し長いタイトルのパネルディスカッションに参加した時のこと。横浜市が推めるみどりの施策をテーマに、そのみどりの事業戦略を提言している有識者の皆さんと推進主体である横浜市の担当者が事業コンセプトやその意義、効果などを横浜市民に広くprしようとして開催されたものですが、なかでも有識者の一人として壇上に座った里山npo代表の《みどり》について、とりわけ《山のみどり》についての言説には、びっくり仰天してしまうものがありました。今、世の中ではどんな通説が流布されようとしているのか、深刻な思いを味わったという訳です。

そこで、この体験談を少し詳しく報告してみたいと思います。題して《常緑広葉樹世界暗黒論の恐怖》。まず、その時の里山npoの発言の要旨をまとめてみましょう。

  • 山の麓や里山には豊かな樹林が拡がっているが、実はこの中には原生林は一つもない。
  • 昔の人たちが燃料や肥料の必要から植樹した夏季(落葉)広葉樹が主である。
  • ところが、最近はそれらが不要になったために、里山の管理放棄が進行している。
  • この里山を荒廃から守るために、神奈川県では100を超えるnpoが活躍中である。
  • でも、最近はボランティアが集まらず、里山npoの苦労と悩みも増えている。

と、里山npoの代表は里山の景観を守るボランティア活動への参加を熱く訴えることで、発言を締めくくったのですが、ボランティアといえば、社会的な意義も重そうな裁判員制度でさえ、最近は裁判員を断る人の割合が増加しており、この増加曲線は奇しくも労働力の非正規雇用の増加と一致しているようで、一人のnpo代表の声の大きさだけでは解決することができない、社会的な意識変化のせいなのかも知れません。

このnpo代表の熱がこもったボランティア活動への参加要請を聞くと、そんなに大変なのであれば「里山には原生林は一つも残ってはいない」などと雑木林の自慢をしている場合ではなく、ヒトの手がかからなくて済む元の原生林に戻してしまうのも解決策の一つではないかとついつい思ってしまうのです。そこでパネルディスカッションの後の質疑応答の際に「元の原生林=常緑広葉樹林に戻してみるという発想は浮かばないのですか?」と聞いてみたのですが、その答えは私の思いもつかないものでした。

 「私たちは今さら照葉樹林の文化を受け入れることができるでしょうか。世の中が真っ暗になってしまっても、皆さんは平気ですか?*」と話し始めるのでした。そして宮脇昭さんの名前を「そんな人もいらっしゃいますけど、どうなんでしょ」とネガティブな文脈で例に挙げながら、まるで超越者のような口調で《常緑広葉樹世界暗黒論の恐怖》という持論を延々と説いた後で「そういうことなんですよ。お分かりになりましたか?」と自信に溢れた様相で聞いてくるので、元来正直者である私は素直に「少し、わかりませんでした」と答えると、この返答が予想外だったのでしょうか、一瞬困ったような顔をしたのですが、今度は相手を変え、このnpo代表の隣に座る大学教授に「そういうことですよね?!」と相槌を求めるような調子で語りかけるのでした。ところが、教授はこの話題にさほど興味もないような様子で、早く終わりにしたかったのだと思います。「そうですね」と、何がそうなのか?誰にもわからない大人の対応に出たために、ここで幕引きとなったという訳です。

この里山npo代表の主張にはほんの少しだけですが、頷ける部分もあります。明治神宮の森がそうであるように、常緑広葉樹林内の景観は確かにやや暗いためアクティビティに欠けるという印象は否めません。つまり、里山の明るい雑木林のように林内ではさほど楽しむことができない。でも林内が暗くなると、世の中まで真っ暗になるのかというと、事実とそれを解釈する観念との間には大きな開きがあり、この通説にはいささか乱暴すぎるものがあるようで、せっかくの《常緑広葉樹世界暗黒論の恐怖》も会場の聴衆には理解不能だったのではないでしょうか。

なお、さらに付け加えておくとすれば、この里山npo代表の論法は政治家などによく見られるもので、「世の中が真っ暗になる」などと正確さに欠けるようなことを平気で言って聴く者を不安に陥れ、恐怖感を与えて恫喝を試みることで、自らの言説の方に聴衆を引っ張って行こうとする類のものです。この里山npo代表には、もともとそんな素質があったために代表というリーダーの地位に上りつめたのか、たまたまリーダーになったためにこんな手法を身に付けたのか、あるいはその両方なのかは、政治を研究する人にとってみると興味深い、もう一つの課題なのかも知れません。

これまで、この備忘録でも何度も紹介させていただいたことがあるのですが、日本の国土の2/3を占める森林の課題は、一つは伐採期に入りながら伐り出すこともできず、そのままに置かれている人工林の問題。春になると放置されたスギやヒノキがヒトの受容量の限界をはるかに超える花粉を放出するために、国民病とまで言われるようになった花粉症の原因となっていることでも有名になりました。二番目は、今ここで話題になっている里山の雑木林。その役目が終わり、時代から置き去りにされたまま荒廃が進んでいることは、人工林と同様です。この二番目の課題について、日本の林業をはじめ広く森林政策の牽引役でもある森林総合研究所(以下森林総研)は、ウェブサイト上で興味深い試案を提言しています。

題して里山における《景観を考慮した森林管理手法》。そのページの冒頭の文章から紹介しましょう。なお、以下に出てくる《ランドスケープ管理》とは見た目にいい林相というほどの意味だと思われます。

里山ランドスケープをどのように仕立てていけば良いのか、また里山ランドスケープといったいどのように付き合っていけば良いのかということは、まだしばらく我々日本人は試行錯誤していく時代が続くことであろう。とはいえ、まるで物差しのないまま過ごすことはできないので、本論ではアメニティの高い里山ランドスケープを作るためのいくつかの指針を提示する。

01. コナラ大径木林を目指したランドスケープ管理
02. クヌギ・コナラ萌芽林を目指したランドスケープ管理
03.  潜在自然植生を目指したランドスケープ管理
04.  アカマツ二次林を目指したランドスケープ管理
05.  落葉広葉樹二次林を目指したランドスケープ管理
06.  大径木人工林を目指したランドスケープ管理
07.  スギ・落葉広葉樹混交林を目指したランドスケープ管理

このように森林総研では、里山をランドスケープの観点から雑木林の管理をいくつかの植生可能性に基づいて分類し、指針として提言しています。これらの詳細は森林総研のウェブサイトで確認していただきたいのですが、その選択肢の一つとして、3番目の赤字で示した項目《潜在自然植生を目指したランドスケープ管理》は、里山npo代表から「世の中が真っ暗になってしまう」と指摘された「元の原生林=常緑広葉樹林に戻してみるという発想」と同様のもののようです。そこで、森林総研は里山の自然をどのようにして元の原生林=常緑広葉樹林に戻そうと考えているのでしょうか。この部分を以下に引用させていただきます。

03.  潜在自然植生を目指したランドスケープ管理
—照葉樹林の例—

潜在的に将来遷移するであろう森に誘導する。たとえば、シイ・カシ類の照葉樹林である。この森にするのは、最も安定的に推移する可能性があるということ、生態的に森林の遷移を目指すということ、鎮守の森的な神聖さを醸し出すことなどの理由からである。シイ・カシ林なので、林内景観はやや暗いためアクティビティは低い。森の印象は、落ち着いた暖かみのある空間である。

(解説)

関東以南の森は、長い期間かけて遷移させたら、おおむね常緑広葉樹林となることが予想される。もちろん、更新するための常緑広葉樹林が近郊にあることや、気候や土壌等の条件により左右される。現状の里山で、シイ・カシ類の常緑広葉樹が比較的生育している場合は、そのまま常緑広葉樹林に推移していくことは容易と考えられる。里山景観にも、このような鎮守の森的景観を作りだしていくことも重要な選択肢である。

常緑広葉樹の高木種が多く存在する森にあっては、落葉広葉樹林のように、頻繁に間伐や下刈りを行う必要はない。基本的に、ゆっくり推移させていけば照葉樹林の純林になって行くから。しかしながら、里山の常緑広葉樹林も萌芽更新させてきたため、現状では数多くの株立ちからなっている場合が多い。このような森は、非常に林内が暗くアクティビティが低い。また、本来の照葉樹林景観とは大きく異なるため、改善が必要である。先ず、シイ・カシの株を間伐し、本数を思い切って減らす。一株5~7本あるのを数本にする。本数では5割以上の間伐になり、伐った当初はずいぶん疎林に見えるが、すぐに枝が伸び、葉が開き徐々に閉鎖されていく。将来的には、株を1本にしていくことを計画する。

森林の最終的な姿は、100年生以上で100~200本/haの森を目指す。常緑広葉樹の樹種は、シイだけに偏るのでなく、できるだけカシ類、クスノキ科などの多くの樹種が混ざり合うことが望まれる。それは、種やランドスケープの多様性を高めるためである。照葉樹林ランドスケープの特徴は、外景観としてボリューム感のある暖かい景観となる。また、林内景観は鎮守の森的な、神聖なおどろおどろしい空間となる。このような、神秘的で畏れ多い森林景観は、古来から我々日本人が森に対して抱いてきたイメージの中心的なものであり、それを継承していくことは意義がある。内景観は、樹種を増やすことで多様性の高いランドスケープとなる。また、下層も花や実の豊富な低木類を導入することで、近景の魅力度が増す。

照葉樹林の例

以上が、神奈川県の800m以下の標高では潜在自然植生である常緑広葉樹林を目指す場合の里山ランドスケープ管理指針ですが、この管理手法の特長は次の3つにまとめることができます。
1)潜在自然植生としてのシイ・カシ類の照葉樹林は最も安定的に遷移する可能性がある。
2)生態的に森林の遷移を目指そうとする自然界の論理に従ったナチュラルな手法である。
3)常緑広葉樹の高木種が多く存在する森では、落葉広葉樹林のように頻繁に間伐や下刈りを行う必要はない。

このように《潜在自然植生を目指したランドスケープ管理》は、常緑広葉樹林の安定的な遷移が可能で、しかも生態や生態系にもうれしい、手間隙いらずで管理コストもチープで済む、お金も人手もかからない植生として、ここでは高い評価が与えられているようです。里山npo代表が主張するような「世の中が真っ暗になる」ようなことは、残念ながらここには一言も書かれていません。そして、結びの《このような、神秘的で畏れ多い森林景観は、古来から我々日本人が森に対して抱いてきたイメージの中心的なものであり、それを継承していくことは意義がある。》という文章に至っては、そこには最大限のリスペクトも添えられてもいるような印象も持ってしまいます。ここは、ぜひ里山npo代表にも一読していただきたい思う次第であります。

さて、ここから二つ目の体験談に入る予定だったのですが、例によって今回もまとまりがなくダラダラと書きなぐってしまったようで、この続きは先延ばして次回《常緑広葉樹は植生の悪例でしょうか》で改めて再開とさせていただきます。