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常緑広葉樹は未来と戦う

これは決して報(酬)われないが、いったいそれがどうしたと言うんだ?

丹沢山系に拡がる森の疲弊の様子を見聞きしたことを契機に、これまでいろいろと錯誤の末、樹林の再生手法の一つとして《潜在自然植生》としての常緑広葉樹の可能性とその植栽にたどり着き、これをテーマにしながら、あれこれを備忘録としてここに残してきました。当初は《潜在自然植生》理論と実践の提唱者でもある宮脇昭さんの著作物からの引用や要約でページは埋め尽くされてしまうことが多かったのですが、最近はようやっと宮脇方式による常緑広葉樹植栽法の実際について掘り下げてみることに、私の関心が移って来たようです。

下の写真は、国際ふるさとの森づくり協会(renafo)が主催する植樹会に参加した時の一コマ。renafoは《潜在自然植生》としての常緑広葉樹林を《ふるさとの森》と呼び、この《ふるさとの森》を広めようと、宮脇方式による植樹・育樹活動を各地で行なっているnpo法人ですが、私の知る限りそのノウハウと実績はこの分野では国内でもトップクラスにあるようです。

写真は、宮脇方式による独特な植栽手法の一コマを撮ったもの。高木・亜高木・低木合わせて15種類ほどの常緑広葉樹のポット苗をポットから取り出して1㎡に3本の割合となる《混植・密植》手法で植えた後、写真のように一面を稲ワラの層で埋め尽くし、風雨で流されないよう稲ワラのロープで固定する作業である。このように、他の植栽法には見られないような手間ひまをかけることで、1)土壌の乾燥と同時に雑草の生育をも抑え、2)やがてワラも分解され栄養分として苗木の成長にも貢献することになる。

実際にこの作業を行った湘南国際村では、他のnpoなどの手によって様ざまな植栽手法による植樹もこれまで試みられて来たのだが、この地域の《潜在自然植生》である常緑広葉樹林を目指した宮脇方式以外での成功事例は皆無といっても過言ではない。他の植栽手法ではせっかくの樹木のほとんどが苗木のままに雑草との競争に敗れているのが実情で、それらの植樹の現場は今では雑草だけが繁茂し、肝心の樹木は枯れてしまったのか、跡形も無くなっているという無残な結果を見せている。ところで突然だが、写真右から三人目の、頭から大汗をかきながら、慣れない作業に一人だけ手こずっているのが、筆者。一体いつになったらこの老人はスムーズな作業が可能になるのか、
これも興味があるところです。

上の写真のように《潜在自然植生》=ふるさとの森づくり植樹作業にボランティアとして参加してみて最初に思うことは、まず《自らの手で植えた苗木の一年後の成長を見るのが楽しみ》という期待感です。そして更なる時間の経過とともに、次第に森のカタチを見せるように成長するであろうプロセスを長期にわたって追っていけるという、これから未来に向けて味わうことができるかもしれない喜びみたいなものがそれに続きます。

実際に、上の写真の植樹の現場である湘南国際村では、宮脇方式によるふるさとの森づくりがおよそ10年にわたって続けられており、植樹一年目から順に十年目の成長した姿まで時系列で観察して周ることも可能です。そして、時間の経過とともに少しづつ森の様相を自ら表すようになる成長プロセスを実際に観察してみると、何事にも換え難いある種の感動を見るものに与えてくれるようです。

このように、常緑広葉樹の植樹もその成長も、私という一老人のフィルターを通してみると、この植生のすべてが何か素晴らしいもののように思えてしまいますが、実は歴史的に俯瞰してみると、常緑広葉樹はその対極にあるといっても過言ではないスギやヒノキなど針葉樹が建築用木材=《良木》として盛んに植林され活用されて来たのに対して、また主に夏季(落葉)広葉樹からなる雑木林が、肥料や燃料の供給源としてヒトの生活には欠かせない重要な役割を担っていたのに対して、ほとんど使い道のないこの植生は《悪木》の地位に置かれたまま、歴史の端の方に追いやられてしまったのが実情です。

そのため、かつて縄文時代には北海道や東北地方および本州の高標高地を除く日本の森の大部分を占め、自然のままに主人公として繁茂していた常緑広葉樹林は、ヒトの生活の発展とともに放逐される運命に自ら甘んじたためか、今となっては森の中にはその姿形さえもほとんど残っていないようです。

そんな訳で、今度は人工林や雑木林の立場から想像してみると、植樹や育樹の喜びは常緑広葉樹のそれよりももっとストレートであり、もっと感動的だったのかもしれません。何しろこれらの《良木》は、そのうち商品となりお金になる訳ですから。加えて、より高品質&低コストを目指して努力し競争にも打ち勝つことができると、その喜びは、まるで自分の子供の成長を見るようにもっと大きいに違いありません。

そんな人工林や雑木林から見ると、まるで何の役にも立ちそうにもない《悪木》である常緑広葉樹の一体どのあたりが素晴らしく感動的なのか、冒頭の私の記述などはまったくもって理解に苦しむはずです。この疑問に対して《潜在自然植生》のビギナーでもある老学徒としては何と答えるか。とりあえず今はこんなカンジの開き直りでしょうか。《それは決して報(酬)われないが、それが一体どうしたと言うんだ。》

もしも、報われる人生を獲得した者がその一方でこんな報われることのない活動を続け、これを自らの生活の一部分とすることで、彼または彼女のもう一つの顔が生まれ、場合によってはもう一つの名刺を差し出したりすることになれば、その佇まいは実に美しくもあり羨ましい限りです。そうでなくとも、たとえ私のように報われたことは一度もないトホホな人生であっても、ついでにもう一つ報われない活動を加えてみたところで、それは首尾一貫した志みたいなものが痛感される訳で、それはそれで嬉しいことかもしれません。

ところで話を植生に戻すと、最近はこの報われない常緑広葉樹という植生の側に、商品として立ち行かなくなった人工林や歴史に捨てられてしまった雑木林も加わってくるようになったことは、今では公然の秘密となっています。それとともに、森林がこれまで担っていた生産現場としての経済的側面だけでなく、森が本来持っている公益的機能を含む多面的な役割も大切なこととして強調されるようになりました。これに触れた対照的なドキュメント2つを以下に紹介します。

事例1)丹沢大山総合調査学術報告書(2007)より
森林を代表とする植生は生態系の骨格であり、 植物のみならずそれを餌や棲み家としている動物を支えている。そのため植生の衰退、変質は生態系全体に対し致命的な打撃を与える。また、水源涵養や土壌安定、炭酸ガス吸収など人間生活に関わる森林の公益的機能の損失も意味する。 森林を再生する目的は「持続的かつ健全な森」すなわち自然林によるそれらの総合的な実現である。それには再生目標としての「健全な森」を保証する構造、組成、機能をもった森林を回復するものである必要がある。

事例2)サントリー「天然水の森」webサイトより
森を育てるためには、木を伐る必要もある。そう聞くと意外に感じる方も少なくないでしょう。けれども、数十年先、百年先を見つめた“水と生命(いのち)の未来を守る”森づくりでは、さまざまな理由で木を伐ることが欠かせません。
その理由とは、どのようなものなのでしょう……。
整備が遅れて混みすぎたスギやヒノキの人工林では、 木を間引く“間伐”作業が必要であることは、ご存知の方も多いと思います。でも、それだけではありません。かつて里山は、人が利用することで健全性が保たれていました。けれども人の手が入らなくなり、常緑樹が繁って真っ暗になってしまった森林が各地に見られます。そういう場所では、林内を明るくして多様な草木の生長をうながすための“除伐”という作業を行う必要があります。また、広葉樹を根際から伐って“萌芽(ほうが)更新”をうながすことは、森を若返らせることになりますし、今ではすたれつつある循環型の里山管理を取り戻すをすことにもなります。放置されて巨木化し病害虫に狙われやすくなったナラやクヌギの林では、病害虫の蔓延を防ぐために “予防伐採”という処置をとらざるをえない場合もあります。森の整備に欠かせない作業道づくりでも、残すべき木をしっかりと見極めながらではありますが、支障となる木は伐る必要があります。

この二つの事例、森の未来を見据えるのはどちらでしょうか。

上に挙げた二つの文章は一つは森の再生についての学術報告書、他は一企業が進める森の再生事業の作業指針みたいなもので、立場こそ違いますが、共にこれからの森づくりについての基本姿勢を述べたものです。これを読んでみると、それぞれが向き合おうとする方角が180°真逆であることがわかります。この両者はそれぞれどこに向かおうとしているのでしょうか。

前者は《森林を再生する目的は「持続的かつ健全な森」すなわち自然林によるそれらの総合的な実現である》と、ヒトの管理が必要な人工林や雑木林の対語でもある自然林(丹沢山系800m以下だと常緑広葉樹林)を主人公に据える森の再生を掲げています。これとは対照的に後者は、もっぱら管理放棄され荒廃してしまった人工林や雑木林をもう一度整備し直すことが森を再生する道であると説いています。

辛辣な表現ですが、価格競争から脱落してしまい、伐採期を迎えても市場に出荷することもできず、いわば塩漬け状態のまま、春になると大量の花粉を放出するだけの存在になってしまった感のある人工林も、燃料や肥料を作り出すかつての歴史的な役割をすでに終えてしまった里山の雑木林も、今となっては、その多くが過去の遺物・遺産といっても過言ではありません。

その意味では、事例2)が提案する百年先を見つめた未来を守るための森づくりとは、過去の遺物・遺産を未来に何とかして延命させようとする試みとも受け取れます。つまり事例2)がヒトの手とコストをかけて《過去の歴史と格闘している》かのように思えるのは、私だけでしょうか。

これに対して事例1)は、森の再生を人工林・雑木林と決別して自然林に求めているところに大きな特徴があります。別の表現をすると、いつまでも森をヒトに有益な価値を与えてくれる生産工場のようにだけ捉えるのは止めて、これからは森の自然を自然のままに認めることで、森を育て、それらが本来持っている公益的で多面的な役割を実現しょうというものです。このように森の未来を考えることで、私たちは《森の未来と戦う》ことになるのかもしれません。

常緑樹は繁って真っ暗になるから、林内を明るくする作業が必要という通説について

このように事例1)では自然林(関東以西の標高800m以下だと常緑広葉樹)による森の再生を目指すことを提言していますが、常緑広葉樹林にはある通念がしつこいほどに付いて回り、大きな壁として立ちはだかっています。この通念はすでに市民権を獲得し、植生の分野では常識として流通している概念ですが、上の事例2)にもそれを見つけたので、ここに書き写してみましょう。

《常緑樹が繁って真っ暗になってしまった森林が各地に見られます。そういう場所では、林内を明るくして多様な草木の生長をうながすための“除伐”という作業を行う必要があります。》

こんな主張を見聞きするたびに、私の備忘録でも何度か折に触れ批評を繰り返してきましたが、見本となるような常緑広葉樹林が、今となっては簡単には見当たらないことから、ある時はスギやヒノキの人工林の植栽手法を真似て苗木を並列に植え造林したスダジイの単層林や、またある時は放置されてしまった雑木林にその土地の潜在自然植生である常緑広葉樹が入り込み、自然遷移の中途にあるものなど、総じて貧弱な植生と林床の樹林をホンモノの常緑広葉樹林と勘違いしてしまうと、皆がこのような通説に捕まってしまうようです。

とはいえ、少しだけ足を伸ばして《奇跡の森》と呼ばれる明治神宮の森や社寺林の所どころに今も残る《鎮守の森》巡りをしてみたり、その気になれば本来の常緑広葉樹林がどんな景観を見せてくれるのか、一目瞭然です。そこでは、高木—亜高木をはじめ、わずかな陽の光でも成長する陰樹と呼ばれる低木—草本からなる多層群落で構成された豊かで鬱蒼とした林相を見ることができ、管理不足から暗くなってしまった人工林や雑木林の貧相な林内とはまったく違った世界が広がっていることがわかります。

しかも、最も大切なことは、これらの常緑広葉樹林が見せてくれる豊かな林相は、ヒトの手やコストをかけずに実現されていることです。例えば、明治神宮の森(写真上1)が造園以来、参道に舞い落ちる枝葉をかき集め、森のなかに戻してあげる以外は、まったくヒトの手をかけずに森全体を自然のままに任せたこと。今もわずかに残る鎮守の森としての社寺林(写真上2)の場合も、聖なる神を祀る樹林としてヒトの立ち入りさえも禁止してきたことからも、頷ける訳です。

ところで、日本の林業をはじめとした森林政策の牽引役でもある森林総合研究所(以下森林総研)ウェブサイト上で《潜在自然植生を目指したランドスケープ管理—照葉樹林の例》という興味深い提言を見ることができます。今の里山の荒廃を救う手法の一つとして、雑木林を照葉樹(常緑広葉樹)の森に誘導することを以下のように推奨しています。

潜在的に将来遷移するであろう森に誘導する。たとえば、シイ・カシ類の照葉樹林である。この森にするのは、最も安定的に推移する可能性があるということ、生態的に森林の遷移を目指すということ、鎮守の森的な神聖さを醸し出すことなどの理由からである。シイ・カシ林なので、林内景観はやや暗いためアクティビティは低い。森の印象は落ち着いた暖かみのある空間である。

関東以南の森は、長い期間かけて遷移させたら、おおむね常緑広葉樹林となることが予想される。もちろん、更新するための常緑広葉樹林が近郊にあることや、気候や土壌等の条件により左右される。現状の里山で、シイ・カシ類の常緑広葉樹が比較的生育している場合は、そのまま常緑広葉樹林に推移していくことは容易と考えられる。里山景観にも、このような鎮守の森的景観を作りだしていくことも重要な選択肢である。

常緑広葉樹の高木種が多く存在する森にあっては、落葉広葉樹林のように、頻繁に間伐や下刈りを行う必要はない。基本的に、ゆっくり推移させていけば照葉樹林の純林になって行くから。しかしながら、里山の常緑広葉樹林も萌芽更新させてきたため、現状では数多くの株立ちからなっている場合が多い。このような森は、非常に林内が暗くアクティビティが低い。また、本来の照葉樹林景観とは大きく異なるため、改善が必要である。先ず、シイ・カシの株を間伐し、本数を思い切って減らす。一株5~7本あるのを数本にする。本数では5割以上の間伐になり、伐った当初はずいぶん疎林に見えるが、すぐに枝が伸び、葉が開き徐々に閉鎖されていく。将来的には、株を1本にしていくことを計画する。

森林の最終的な姿は、100年生以上で100~200本/haの森を目指す。常緑広葉樹の樹種は、シイだけに偏るのでなく、できるだけカシ類、クスノキ科などの多くの樹種が混ざり合うことが望まれる。それは、種やランドスケープの多様性を高めるためである。照葉樹林ランドスケープの特徴は、外景観としてボリューム感のある暖かい景観となる。また、林内景観は鎮守の森的な、神聖なおどろおどろしい空間となる。このような、神秘的で畏れ多い森林景観は、古来から我々日本人が森に対して抱いてきたイメージの中心的なものであり、それを継承していくことは意義がある。内景観は、樹種を増やすことで多様性の高いランドスケープとなる。また、下層も花や実の豊富な低木類を導入することで、近景の魅力度が増す。

本来の常緑広葉樹林を、短い期間で実現する《宮脇方式の植樹法》

森林総研の提言のように、自然遷移によって長い時間をかけて雑木林や人工林をその土地本来の潜在自然植生である常緑広葉樹の森に誘導することも一つの可能性として考えられますが、ヒトの手によって短期間で常緑広葉樹の森を確実に実現するのが、いわゆる宮脇方式による植樹手法です。植樹から2〜3年の雑草刈りなどのヒトの手による管理が済むと、それ以降は明治神宮の森や社寺林に残る鎮守の森とまったく同じように、ヒトの手やコストをかけることなく自然任せにすることで、短期間に、確実に、常緑広葉樹林を形作ってくれるところに大きな特長があります。

写真上(↑)は湘南国際村の宮脇方式による植樹から9年目を迎えた常緑広葉樹林の姿。この頃になると、ご覧のように常緑広葉樹林特有の鬱蒼とした景観の始まりを見せてくれるようになります。林内に一歩分け入って見ると、15種類ほどの大小様ざまな幼木で占められた林床は薄暗く、湿潤な表土には落ち葉や小枝が散乱しているだけで、人工林や雑木林につきものの、厄介な雑草のカゲさえも見つけることができません。(写真下↓)

このように宮脇方式による常緑広葉樹林は、定期的に間伐や下草刈りなど人の手やコストが欠かせないスギやヒノキなどの人工林、油断すると林縁植物が侵入し林内がジャングルのように荒れてしまう夏季(落葉)広葉樹の雑木林とはまったく違った様相を見せてくれるます。しかもこの樹林は(繰り返しになりますが)植栽から2〜3年経つと、人工林や雑木林のようなヒトの手による管理をまったく必要としないところに最大の特長があり、これが、この植生がホンモノの自然に限りなく近いことを示唆しているように思われます。と同時に、この《ヒトの手もお金もかけずに成長する》という他の林相にはない特長のなかに、将来の日本の森にとって、常緑広葉樹林の存在が必要となってくる鍵が隠されていることを知ることができるのではないでしょうか。

私たちは常緑広葉樹と共に、未来と戦っているのかもしれません。

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