神奈川県《水源の森づくり》その2

今日は11月26日付の備忘録《神奈川県の水源の森づくり》の続編です。初回は県のパンフレットやウェブサイトを参考にしたのですが、書き終えてからdvd《かながわの水源環境の保全・再生をめざして—特別対策事業の取組と成果—》が広報用に制作されており、県民にも貸し出されていることもわかり、早速借用してきました。

この39分のdvdを観てみると、神奈川県民の水瓶の原資とも言える丹沢の水源林を守るために、県は様々な事業を行っていることをイラストなどわかりやすい資料を使って教科書のように紹介しています。例えば下の三つの図なども、さらにもう一歩理解を深めてしまったような気持ちにさせてくれるようで、神奈川の水源林に興味がある方にはオススメです。

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少しずつ、昔の姿を取り戻しつつある丹沢

神奈川県の水源の森づくりは、具体的には下の一覧図にあるように、12の事業にわたっており、11/26の第一回目の備忘録《神奈川県の水源の森づくり》で紹介した水源の森づくり事業で目標とする森林の5つのタイプは、図の冒頭にある《1.水源の森林づくり事業の推進》に該当するもので、これは全体のほんの一部にすぎません。

森づくり事業

神奈川県の森林を取り巻く環境は決して安心できる状況ではなく、人工林も自然林も荒廃が進んでいます。林業の経営不振により手入れが不足したすぎやヒノキの人工林が増加。間伐や枝打ちが行われなくなり、太陽の光が入らなくなった暗い森林はしっかりした林床を保つことができずに、水を育む力も損なわれてしまっています。

人工林だけではなく、丹沢大山山系の山岳部の自然林も深刻な問題を抱えています。ブナやモミの木枯れてしまったり、下草が育たず土壌の流出が続くなど、大気汚染や増えすぎたシカの食害、ブナハバチの大発生などの原因が複合的に影響し、生態系そのものが危機にさらされているといいます。

この課題に取組み、豊かな水を育む森林の保全・再生を実現するために2007年以降、当初の5年間に進めたのが《実行5ヶ年計画の12の特別対策事業》という訳です。この特別対策事業はひとまず2011年に終了しましたが、この取り組みの効果として「少しずつ、昔の姿を取り戻しつつある」と、総括しています。そこで、第二回目は全12事業の中でも特に《豊かな水を育む森の保全・再生のために》取り組間れている5つの事業を改めて紹介してみることにします。

1.水源の森林づくりの推進

この事業は私有林に多く見られるスギやヒノキの人工林の荒廃を食い止め、間伐や枝打ちなどの手入れを行うことで、林床を豊かにし、水を蓄える力を復活させようというものです。具体的には目標とする5タイプの林相を設定し、人工林をそれぞれの目標に向かって管理・育成していきます。その詳細は前回の備忘録《神奈川県の水源の森づくり・その1》にアップしました。こちらを参照ください。

手入れ不足の人工林を水源の森として復活させようとするこの事業は、最終的には林業の復活を目指そうとするものなのでしょうか。それとも、従来とは違ったこれからの時代に合った新しい林業を起こそうとする森林所有者をサポートするものなのでしょうか。人工林を水源の森として永続的に支援しようとすると、森の所有者の経済的な幸福という、今は失われてしまったものと長期的なビジョンを持って向い合う必要がありそうです。

2.丹沢大山の保全・再生対策

丹沢山系の山岳部にはかつては見事なブナ林が広がっていましたが、近年はブナの衰退に歯止めがかからないようです。この原因には、オゾンなど大気汚染による影響からシカの食害、ブナハバチによる被害など様々な要因が考えられています。

近くには工業地帯や大都市が位置し、大気汚染の影響を受けやすいと言われる丹沢山系ですが、大気汚染のような社会的レベルになると、今すぐに県レベルで実行できる対策はなかなか見つからないのが実情で、山岳部でのオゾン濃度をはじめとした大気の測定を続けるなど、様々な角度からブナ林衰退の原因を調べ、これらの観測結果をもとにブナ林の保全・再生の対策を進めているといいます。でも、どんな対策なのか具体的には触れられていませんが、大気汚染は社会構造全体に関わる問題ですから、なかなかの困難が伴うのだと思われます。

丹沢の自然再生本*オゾンといえば、地球生物を宇宙から来る有害なものから守ってくれるものとばかり思っていましたが、オゾンには「良いオゾン」と「悪いオゾン」の二種類があるそうです。

オゾンには成層圏オゾンと対流圏オゾンがある。成層圏オゾンは生物に有害な紫外線を防ぐオゾン層で「良いオゾン」といわれるのに対して、対流圏オゾンは地表付近では生物に被害を与える「悪いオゾン」と言われる。地表付近の悪いオゾンは工場や自動車から排出される窒素酸化物や炭化水素が太陽からの紫外線を受けて複雑な光化学反応を起こすことにより生成されるもので、参加能力の強い有害な物質である。(『丹沢の自然再生』日本林業調査会刊 2012年 p190-191)

一方、シカの個体増による食害とそれによって引き起こされる土壌侵食、土壌流出も深刻な状況になっています。シカの餌になるブナの若木や林床の下草を守るために、個体調整をはじめ植生保護柵や土壌保全柵の設置、後継樹の植栽などの有効と思われる事業をすすめています。シカの食害対策事業は大気汚染と違って、その効果は目に見えるほど大きく、確実に森の再生に寄与しているようです。

加えて、登山者の増加によるいわゆるオーバーユースの問題も指摘されています。確かに、山道は雨が降ると小さな川になり、ぬかるんだ箇所を避けようと登山者は道の外側を歩くため、道幅は広がり、土壌の流出が止まらないという悪循環を繰り返しているような光景をよく目にします。この問題に対しても県・民共同で、土壌の流出を防ぐ登山道の補修・整備事業を行っています。

3.渓畔林設置事業

今も自然の植生が残る渓畔林もまた、シカの食害による下草の衰退、人工林の造成、堰堤工事などの影響により、土砂の流出が深刻になっています。県では土砂の流出対策を進めることで、水質の浄化を図り、渓畔林が本来持っている生物多様性の機能の回復を目指しています。

4.間伐材の搬出促進

人工林の適正管理には欠かせない間伐を促進し、間伐材の有効利用を通して人工林の持続的な生育を図るために、県では間伐材の集材・運搬を支援しています。間伐材はこの備忘録でも触れたことがあり、極端な場合は数ヶ月前に種を蒔いて収穫した大根一本と、20年のスギの間伐材一本が同じ値段であるという最悪の状況だと言われています。神奈川県は間伐材を山の中から林道まで引き出す集材および木材市場までの運搬費用を補助することで、人工林の手入れ不足を解消し、森の活性化を図ろうとしています。

5.地域水源林整備の支援

上記4本の事業に加え、将来にわたる神奈川県の水源環境を考えた時に欠かせないのが、水源保全地域(県または市町村の管理)にある私有林の衰退を食い止めるための方策です。dvdでは水源保全地域内に於ける荒廃した人工林の割合が66%(2003年)から24%(2009年)にまで減少したといっています。単純計算でも半分以下の36%まで荒廃林を減少させたことになります。しかもこの数字は2007年に始まった《実行5ヶ年計画の12の特別対策事業》の3年めの数字だということを思うと、実行5ヶ年計画が終わった2011年には荒廃した人工林の割合は更に減少していると思われます。

そして林業の再生までを考えると、自治体のサポートで整備されたスギ・ヒノキの人工林ですが、植樹から50年以上たって伐採期を迎えてきた多くの木を木材として出荷できるかどうか、これはまた別の問題になってきます。この続編として、次回は林業再生を課題として教科書的に考えてみます。

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