神奈川県は2014年に公表した《神奈川地域森林計画書》のなかで、かながわ森林再生50年構想を踏まえて、森林の区分およびそれぞれの目指す方向として以下の3本を柱にうたっています。
これを読むと人工林の再生、言い換えると林業再生のための県のサポートは林道から200m以内の効率的な伐採・集材が可能な森林に限られているようです。この区域内では皆伐後も再造林のための植樹へ誘導するとしています。他方、林道から200m以上離れた森林は森の環境保全を続けながら、混交林や巨木林に自然更新すると書かれており、この地域での人工林の持続する木材生産は難しいとみていることがわかります。
神奈川県の現在の人工林31,800haのうち、その80%近くが手入れ不足にある荒廃林とみられています。それを50年構想では、人工林を今の半分の16,000haに。残りの15,800haを森林の保全を続けながら自然力により広葉樹を導入して混交林に誘導することで、すべてを健全な森林に育てるとしています。つまり、16,000haの人工林では林業は50年後も持続可能と見ていることになります。おそらくこの16,000haが林道から200m以内にある人工林だと思われます。
これまで私は宮脇昭さんの《潜在自然植生》を学ぶ一老生徒として、日本の森林についていろんなものを読んだり、見たり、聞いたりするなかで、人工林と林業について断片的ですが、基本的なことや今日の状況は知っているつもりでいました。
- それまで日本の山地に拡がっていた多層群落を構成する常緑広葉樹の森を潰してスギ・ヒノキの針葉樹の単層林を1000万haも作ってしまったこと。
■ - ところが、スギの木材価格は1980年をピークに現在はその1/10にまで激減してしまったことに代表されるように、林業も立ちいかなくなり、植林から50年以上経ちこれからが収穫期だというのに管理放棄され、荒廃した人工林が増えてこのままでは危機的な状況にあること。
■ - 単層群落としての人工林は不安定な存在であり、極めて高度で集約的な人為的管理下でない限り、持続できない。とすれば、管理できなくなった人工林は本来の植生である広葉樹林に替えることが望ましいこと。
■ - 明治神宮の森で実証されているように、その土地本来の広葉樹林はヒトの手による管理は不要であることに加え、土中の微生物を含め豊かな生態系を自ら育んでくれること。
と、最後にキラーワードのように必ず出てくる言葉が《潜在自然植生》の強い味方=神宮の森という訳です。とはいえ現実に成長してしまった1000万haの人工林をどうするのか?実は《潜在自然植生》老学徒としても大変気にはなっていました。神奈川県の林道から200mで線引きをする施策を見ると、他では人工林と林業再生についてどんなことが主張されているのか、もう少し調べてみる気にもなり、今回はネット検索で出てきた記事について2〜3まとめてみることにしました。
今回、参考にするのは以下の3つのウェブサイト。
1)今後の森林管理・林業経営に向けた提言(林経協 2010)
2)誤解だらけの日本林業(日経ビジネス 2010)
3)森林・林業学習館 日本の林業の現状(森林・林業学習館 2014)
上の2つは情報としては少し古く2010年のものですが、鮮度はまだまだ高く、興味深い内容になっています。3番目は実際に林業に携わっている立場からの心の叫びが綴られており、納得させられるものがあります。
1. 今後の森林管理・林業経営に向けた提言
林経協という組織が、主に中規模以上の林業経営の立場からの提言を公表しています。ネクタイをきつく締めたような堅苦しく冷静沈着な単語の羅列が続きますが、これとは裏腹に中身は極めて積極的で、次のような提言が並んでいます。
- 人工林の利用が進まない原因の一つは、12トントラックが通るような実用的な林道・作業道の整備の遅れなど、インフラ整備に責任を持つ国の政策にある。
*「スーパー林道、大規模林業圏開発林道という直接林業経営に役に立たないものに予算を取られる」など国の失策に対する不満がこの提言の基盤にある。
- (林業が成り立たなくなった今)多くの経営意識の低い山林所有者が生まれ、業界の足を引っ張っている。
*「このような山林所有者のなかには、成熟してきた所有森林を皆伐してお金に換え、再造林を行わず、自分の代で林業を放棄しようとしている者もいる。」と非難の矛先をもっぱら同業零細森林所有者に向けている。
- これからは、中規模以上の林業経営者を優遇する施策を実行してほしい。
*同時に「小規模林業経営者の森林は集約化し、経営的視点を持って管理される森林を増やすことが望ましい。」と言っているが、気になる「森林の集約」とはどういうものなのか具体的な提案は見られない。
- 経営意識の低い山林経営者と並んで、林業発展の足かせになっているのが森林組合であり、これを改変する必要がある。
*「本来の業務を離れ、熱心なのはリスクの少ない国有林の請負仕事ばかり。」
*「組合員の所有林の管理をおろそかにし、県の公共事業での森林管理の員外利用に頼っている。」
*「なかなか変わらない高コスト体質。」などと、小規模林業経営者の次に森林組合を標的にしている。 - 今後は木材生産を効率的に行なう経済林と水土や生物多様性の保存を主な目的とする環境林の二種類に大別し、それぞれの目的に沿った制度設計を急がなければならない。
以上のように林経協は中・大規模山林経営からみた現状と課題を提起しています。特に国策と「経営意識が低い」小規模林業経営者、そして本来の業務を投げ出し「公共事業に奔走する」森林組合のこの三つをなんとかしないといけないというわけです。これを読む限りは、確かに理にかなった立派な提言ですが、ではこう主張する彼らは、今まで林業再生のために何をしてきたのか?これから林業経営の戦略とは?という肝心なことになると、具体的には何も触れていないのが残念な気がします。
この提言とは対照的に、日経ビジネスオンラインのウェブサイトに7回にわたって連載されたシリーズ《誤解だらけの日本林業》は、先進国でも成功する林業を持つ国の一つであり、日本と同じように多くの中小の山林所有者を抱えるドイツの実情を紹介しながら、どうすれば日本の林業はドイツのように再生するのか、その道筋を具体的に提示しています。これも2010年と少し前の記事ですが、その概要を見てみましょう。
2. 誤解だらけの日本林業
日経ビジネスの記事によると、日本林業の課題とされることは最初に紹介した林経協の指摘とほとんど変わりません。まず、日本の場合は森林組合が林業衰退の大きな原因の一つであるとして、補助金に頼る公共事業漬けから切り離し、事業内容をヨーロッパに習って根本的に変えてしまうことを主張しています。第二に、欧州と比べ50年は遅れている林内道路網の整備を挙げ、最後に最大の課題である欧州の1/20という日本林業の生産性の低さを指摘。この生産性の水準を機械化により欧州レベルまで上げることができると、日本の林業は必ず復活できるはずであると、ドイツの現場を紹介しながら説得力のある記事を載せています。
1) 林業再生の第一歩は森林組合改革
- 今の森林組合は自らの民有林を守り育てるのではなく公共事業に組織の安定を求めている。そこには将来に投資するという経営的視点も何もない。
*「公共事業でその組織を維持できるのは、(単位あたりの)補助金が高すぎるのか、それとも現場で作業する人の賃金が大幅に下げられているのか、またはその両方である。」とまでこの記事の筆者は辛辣な書き方をしている。
- 補助金は「環境」を名目とした荒廃森林の整備が目的だが、これに森林組合がかかりきりになると、地元の民有林は放置されたままで、いくら予算をつけても林業再生にはつながらない。
*「補助金を出す側の国や自治体の考えは、林業には経済と環境の二律背反を根底に持つ宿命があると捉え、環境のためという名目であればカネがかかっても仕方がないというものである。補助金を出す側にももらう側にも、そこにはその場の安定を求めるだけ」で、将来に投資するという視点が欠落している。
- (先進国の中でも林業再生に成功したドイツの例にならうと)森林組合は森林管理に徹し、木材生産は民間にすべて任せることを基本に改革すべきである。
*まず最初に「森林組合を公共事業から切り離さなければならない。次に木材生産を民間に移行してしまえば、おのずと組合の新しい責務は決まってくる。自ら100年という長期の視点を持つ森林管理の専門家(フォレスター)となり現場技術者の養成を行うことであり、森林所有者を取りまとめ、合理的施行を行う体制を作ることである。この場合、特に多くのパーセンテージを占める中小零細の山林所有者に対する経営代行サービスなどサポートの不可が重要になってくる。」
*「ドイツのフォレスター1人が1,500〜2,000haの森林面積を担当。ドイツのすべての森林をカバーしている」という。
*「日本では森林管理の専門家が不在で、林業を支えるシステムも未完成のため、例えば皆伐を制限するルールも未整備となっている。そのため、ある地域では民間業者による数haを超える大規模皆伐が横行し、森林の公益的機能を大きく損ねているという事例もある。」
2) 日本の林内道路網は欧州より50年の遅れ。
- 大型トラックが走行可能な林道(幅員3.5〜4m)など道路網の整備の本格化が急務である。
*「道幅が4mとなるとコストは5,000〜20,000円/1㎡になる」としている。
- 路網の理論や技術を習得できる人材育成機関も必要になってくる。
3) 日本の木材の生産性は欧州の1/20。
- 欧州では一般的に二種類の林業専用機械(伐採にハーベスト、運搬にフォワーダ)を使っている。すべてが大型機械の場合の伐採木材積の生産性はドイツの場合は最大10,000㎥/1人1年となり、日本の500㎥/1人1年と比較してみると20倍の差が出ている。
*「大型機械使用時の最大格差は20倍だが、平均的な生産性はドイツの場合は2,000㎥/1人1年とあり4倍になる」とのこと。
*「2010年当時、ようやく北海道にドイツ製の林業機械が輸入され、日本でも使われ始めた。」と記事にはあるが、5年後の現在では日本の林業の機械化は少し進展したのだろうか。 - 工程間の生産性格差をなくすことなど、工程管理が不可欠。
*「伐採現場の二種類の機械の生産性にバラツキをなくす。例えば伐採機械の生産性が10なのに運搬機械のそれが5しかない場合、伐採機械を半分遊ばせるか運搬機械が2台必要になってくる。」
*さらに「2台の機械が生産格差なく仕事をこなせたとしても、その木材をスムーズに木材工場まで運ぶことができる林道が整備されていないと、せっかくの機械も遊んでいることになる。」
*上述の「森林の専門家(フォレスター、ドイツでは専門職の公務員である)がいると、インフラ整備までが彼の担当する範囲となり、工程間の生産性格差も解消する」という。
日経ビジネスの記事を読むと、ここには盛り込むことができなかったのですが、日本でも一部の森林組合の経営改革による成功事例、企業所有林の事例など、多くの人々が林業再生への努力を続けていることも見て取れます。そして今後、森林組合・インフラ整備・機械化の三つの課題に取り組むことができるとなると、日本の林業再生には大きな可能性が見えるような気がしないでもありません。と、思うのは私があまりにも楽観的すぎるからでしょうか。
最後に。参考サイトの三番目に挙げた《森林・林業学習館 日本の林業の現状》は林業に携わる人の生の声に溢れたページです。ここで概要にまとめてお伝えするよりも、直接ページをご覧になることをお勧めします。
ところで、上述の提言と記事が公表された2010年当時、森林組合は補助金に頼った公共事業だけに奔走し「組合員の所有林へのサポートはそっちのけ」と目の敵にされていますが、神奈川県に関する限り(県下にある10の森林組合が県の事業を請け負っているとすれば)私有林への補助も公有林と分け隔てなく行なわれており、今までとは少し様子が違ってきているところもあります。これが本来の林業再生の可能性が広がることなのかどうか、もう少し先を考えてみる必要がありそうです。