先日藤沢で《教えて・話して!神奈川の森と水 in 藤沢》というタイトルの水資源保全・再生神奈川県民フォーラムが開かれると聞いて行ってきました。おそらく後日、神奈川県のウェブサイトにもその詳細が掲載されると思われますが、今日の備忘録では私的な報告をしておきたいと思います。ところで、このフォーラムの主催者である水源環境保全・再生神奈川県民会議(事務局:神奈川県の水源環境保全課)の案内には、これまで進めてきた神奈川県の水源環境の保全・再生の成果と課題を踏まえ、今後5年間の実行計画について意見をもらいたいとあります。フォーラムのプログラムには前半が三人のミニ講演会、後半は県の施策の紹介になっていましたが、個人的には先日この備忘録で日本の林業再生に触れた際に、森林組合についてその厳しい現状にも語ったこともあり、森林組合の講演に注目した次第です。
ひしひしと伝わる森林組合の無念さ
かつて最盛期にはgdpの3%ほどを占めていたという日本の林業ですが、今は小数点以下の数字になっていると言われています。この大きな変動の波にさらされているのが林業経営者を支えている森林組合ですが、当日のフォーラムには山北町森林組合の理事の方が登壇し、彼らを取り巻く困難な状況につい て切実な口調で、主に次のようなことを語ってくれました。
・国の植林政策を信じ、そのまま追従してしまったこと
・その結果、木材を伐採するほどに赤字が増えてしまい、林業が立ち行かなくなったこと
・今は、行政の森林事業に頼るしかないこと
・このままでは後継者も育たず、将来の見取り図を描くことができないこと
最後に、とにかく現状は厳しいのですと言って終わった森林組合の方の話の内容は、これまで私の備忘録での記述を再確認したようなものでしたが、直接話を聞いてみると、ますますその深刻さが露わになったように思えました。そして、これから神奈川の森林組合が生き残る唯一の道は水源林を守っていくという一点で県と共有することで、運命共同体のように、より両者の絆を強めることであると言っているように聞こえ、すでに林業の再生のための展望など、その意欲も持つことができないほど、森林組合が被ったダメージの深さを感じたのは、私の思い過ごしでしょうか。
このように、ちょうど伐採期に来ていると言われているスギやヒノキの人工林ですが、間伐や枝打ちなどの管理が続けられるだけで、その多くは木材として活用されることもなく、そのうち(と言っても数百年の時間が必要ですが)これらの木々が朽ちてしまうのを待つことになるのかも知れません。
・・・針葉樹のスギ、ヒノキ、マツなどが植えられても、その下には土地本来の潜在自然植生の主な構成樹種であるシイノキ、タブノキ、カシ類が芽生え、またそれを支える亜高木層、低木層のヒサカキ、ヤブツバキ、モチノキ、シロダモなども生育します。また針葉樹は、台風や地震、火事などによって、多くは次第に劣化し、消え去って行きます。終極的には土地本来の照葉樹の森になるのです。また関東以西の海抜800m以上の山地や東北、北海道では、ブナ、ミズナラ、イタヤカエデ、谷部などではシオジ、カツラ、ハルニレ、サワグルミなどの土地本来の潜在自然植生が主な構成木となる森が残ることになります。
雑木林も、これから150年、200年かければ現在林内に稀に見られるシイノキ、タブノキ、カシ類の芽生えや幼木が大きくなり、土地本来の森が再生するはずです。(『木を植えよ!』2006年 新潮選書 p28)
堅実に進む神奈川県の水源環境保全・再生事業
フォーラム後半は神奈川県のこれまでの取り組みと成果を踏まえ、来年2017年から始まる水源環境保全・再生の第3期の5か年計画事業プランの説明が行われました。この県のプレゼンテーションを配布資料に目を通しながら聞いていると、森林組合の厳しい現状とは対照的に、丹沢にはまだまだ可能性のある将来があるような思いがしました。
現状の把握から50年後の水源林のあるべき姿を一つの目標として設定し、このゴールに向けて短期・中期にわたって具体的な事業プランを練り上げ、事業の裏付けとなる財源をしっかり確保することで、多くの課題をクリアし、成果を出すことが可能になるという見本に触れた気になったのです。
これは全体にプレゼン資料の出来が良すぎたせいかもしれませんが、例えば、人工林荒廃の一つの目安となる手入れの状況をA〜Dの4段階に分けて2003年と2009年を比較してみると、2003年には手入れ不足のC・Dが人工林の半分を占めていたのが、整備事業後の2009年にはC・Dは全体の1/4以下まで減少し、反対に手入れが行なわれているA・Bが3/4までに増加したとあります。この資料が正しいとすれば(シカの食害など複合的な原因があるとしても)森林整備によって人工林の荒廃頻度がかなりのスピードで低くなっているのがわかります。
この人工林ように、間伐や枝打ちなど元来ヒトの手を加えることを前提とした森林環境はその管理を怠ると、みるみるうちに劣化し、再びヒトの手を入れると保全と再生が可能になるというわかりやすい因果関係にあるのですが、丹沢山系全体の環境を見ると手強い相手も数多くいるようです。例えばブナ林の荒廃などは大気汚染が最大の犯人であり、加えてシカの食害やブナハバチによる被害など複合的な要素が絡んでくると、その課題の解決には時間もコストも、県の一組織のワクを超えた大変な道のりのようで、県の担当者の歯切れもとたんに悪くなるのでした。ここに自然環境を対象にする事業の困難さを見ると共に、とても他人事ではない思いがしたのです。
ところで2017年から始まる第3次の水源環境保全・再生事業予算の構成比率は下のようになっています。グリーン系で色分けされた森林の保全・再生に関わる事業が全体の約2/3を占め、次いでブルー系の河川・地下水の保全・再生/水源環境への負荷軽減が1/4、残りがオレンジ系の水源環境保全・再生を支える取り組みとなっています。
事業の主要なテーマとなっているグリーン系の森林の保全・再生に関わる事業の第3期の課題を神奈川県は以下のように考えています。よく整理されて大変参考になる内容に思えるため、書き写しておきます。(『第3期かながわ水源環境保全・再生実行5か年計画(素案)』p44)
● 森林関係事業については、荒廃が進んでいた私有林で重点的に整備を行うとともに、シカ管理対策をはじめ様ざまな対策を進めてきました。この結果、下層植生が回復し、土壌保全が図られるなどの成果が出てきており、概ね順調に進められていると評価できます。今後は、これまでの成果と課題を踏まえ、以下の点に留意しつつ取組を進める必要があります。
● 県内水源保全地域全域において森林の水源かん養や生物多様性の保全などの公益的機能を向上させるため、これまで重点的に取り組んできた私有林整備に加えて、高標高域の県有林等も含め、森林全体を見据えた総合的な観点から対策を推進すべきです。
● 第2期計画から始めたシカ管理と森林整備の連携の取組みを踏まえ、シカ管理と森林整備、土壌保全対策を組み合わせながら、より広範囲で取り組む必要があります。
● 気候変動による災害頻発への懸念や台風等による災害の発生状況を踏まえ、森林の生育基盤である土壌の保全を図るため、土木的工法を含めた土壌保全対策の強化に取組べきです。
● 森林の立地条件に応じて、混交林や巨木林など多様な樹種からなる森林への着実な誘導、森林資源の有効利用の促進等による民間主体の森林管理への誘導に努めるべきです。また、ブナ帯の森林再生にも引き続き取組必要があります。
● 県による公的管理が終了した私有林等について、森林の公益的機能の維持を図るため、森林管理の新たな仕組みの構築を検討すべきです。
● 水源の森林エリア内において、県が広域的な視点で進めてきた森林整備だけではなく、地域特性に応じたキメの細かい森林整備を進めるために、市町村も主体的に取組を実施できるような仕組みを検討すべきです。