《池上彰と考える〜気候変動と森林保全〜》というタイトルの講演&パネルディスカッションに行ってきました。近頃《森林》という単語を見たり聞いたりすると、たちまちこの老体が反応するようになりました。大変困ったものですが、まだ少しばかりの反射神経の残骸みたいなものがかすかに機能しているのでしょうか。
会場はほぼ満席
池上彰さんは(何しろ今は大学教授ですから)森林保全までを専門分野の一つにするほど触手を伸ばしているのかと少しばかり期待したのですが、事実は期待とは異なり、気候変動についてはともかく、後半のパネルディスカッション《森林保全について考える》では森林保全の専門家であるパネリストの皆さんへの質問者としての役割に徹し、彼の知識や問題意識のレベルは極めて一般的なものでしかなく、かえって安心したような次第です。それにもかかわらず、流石だと思ったのは、平日の夕方からの時間帯で会場も都心部ということを加味しても、500席ほどの会場がほぼ満席になったことです。
参加者も(私のような単なる趣味本位の者はほとんど見当たらず)主催が日経BPということから当然のように企業関係と思われる人が大半を占め、池上彰さんを人寄せパンダとして掲げた効果はあったとしても、そしてcop21で新しい枠組みが発表された直後であるにしても、企業と気候変動&温室効果ガスの関係、その戦略や具体的な行動計画など、そして新しいビジネスチャンスとその可能性も含めて、それなりの高い関心があることを実感してきました。
大きい物語にも目を向けてみる
さて、この講演&パネルディスカッションは予想した通り、気候変動も森林保全も地球規模の大きな物語についてのもので、私がこの備忘録であれこれ考えている丹沢という極めて限定された局地的なものではありません。が、今、丹沢でも深刻な問題になっているブナ林の衰退の、その主な原因の一つである二酸化硫黄、酸性雨そしてオゾン(光化学オキシダント)などの大気汚染物質の排出を減らす努力は神奈川県のような一自治体だけではとてもできるものではなく、国レベル、地球レベルの課題でもあることを考えると、丹沢にも連環するものとして、大きい物語にも目を向けることが不可欠なようです。
という訳で、世界の国々は今世紀、平均気温の上昇を2度以内に抑える方策を考えることになったなどというcop21のレベルでのディスカッションが行われ、私には目新しい内容ばかりの満足できるものだったのですが、その中の、後半のパネルディスカッション《森林保全について考える》で少しばかり私には気になったことがあったので、これを少し備忘しておきたいと思います。
大きい物語ばかりに気をとられると、足元にある課題が見えなくなることもある
この日経BPグループ主催の講演会にパネリストとして登壇した森林保全に関わる専門家の皆さんが口にするのは、森林は保全するだけではなく、使わなければならない。つまり森林にとって健全なあるべき姿とは、保全→使用→植林→保全のサイクルを持続的に循環させることであると。当日、直面する地球規模の主要な課題の一つとして何度も取り上げられた熱帯雨林の大規模な破壊も、この循環するサイクルの後半が欠けていることで起こる訳で、伐採した後にはきちんと植林すれば自ずと問題は解決するのだといいます。
それは、そうですよね!と司会の池上さんが相槌を打つと、それに気を良くしたのか、専門家の一人が次のように言葉を続けます。
さらに日本国内に目を向けると、ここでも同じようなことが起こっている。日本で今進行している森林の荒廃は、木材需要がないためであり、つまり植林後手入れをしながらせっかく大きく育てたのに、その成熟した樹木が木材として使われないことに森林荒廃の原因がある。もっともっと国産木材の需要を喚起しましょう、今、国内産木材は最も安価になっていますから!と言うのです。
司会者がこの言葉を引き取って《そうですか。日本の木材は高いと思っていたのに。これは私も認識を改めないといけませんね。とにかく国産材を使うようにしましょう、皆さん!》とこれで一件落着のようです。もし、この話題を少しでも進化させようと思うのであれば、司会者はこう発言したはずです。《その安価な木材が、実は日本の森林荒廃の原因を作り出しているということになりませんか?》と。
日本の森林の現状は、まったく専門家の方々がおっしゃる通りなのですが、この森林のプロフェッショナルの皆さんおよび司会者の認識には私から見て二つの、それも基本的なことが見落とされているように思えました。
真実は微細なところにもある
一つは《日本の森林=木材として産出され、お金になる人工林》という前提で話が進んだこと。日本には木材を得る目的で植林された人工林だけではなく、木材には不適とされ利用されない天然林が、実は半分ほど存在しています。これにも目を向けて欲しかった。二つ目は、成長し伐採期にある多くの人工林が採算割れのため、売りたくても売るに売れない、従って森林を維持管理することもできない林業経営者の惨状です。この最も根本的な部分に焦点を当てて欲しかったと思うのです。
天然林も二酸化炭素を固定し酸素を放出、水源涵養などの優れた環境保全機能を備えています。また、天然林には森林火災の延焼をある程度食い止めたり、斜面保全などの人工林に比べて優れた災害防止機能があります。人工林ばかりではなく、このような森林全体の約半分を占める天然林の働きにも注目し、天然林を含めての環境を守っていくという全体を見渡す視点を登壇した皆さんがお持ちではないのが、私には不思議でもあり、大変残念に思えました。
そして二つ目の疑問。伐採時期を迎えている日本のスギやヒノキの価格は確かに下落し、最盛期の1/10以下の値段になっているといいます。今では伐採して木材にすればするほど林業経営者の赤字が膨らんでいくのが実情です。この重い課題には触れず今がお買い得とばかりに、安いから日本のスギやヒノキをもっと使いましょうと需要を喚起するだけだと、その後の森林にはどんな状況が目に浮かぶのでしょうか。人工林が搬出された跡地に苗木が植えられることは、おそらく二度とないでしょう。実際《山林所有者のなかには、成熟してきた所有森林を皆伐してお金に換え、再造林を行わず、裸地をそのままに自分の代で林業を放棄しようとしている》事例も見られるといいます。これでは、森林保全に逆行する結果を生み出すことになりかねません。《日本で今進行している森林の荒廃》がもっと酷くなるという訳です。
などなど、だんだんと愚痴っぽくなってきました。特に最後の数行は、誰も簡単には答えを出せないようなずっしりと重い、それこそ世紀を跨ぐような悩ましい課題を掘り下げようとするもので、簡単に終わるはずもなく、これを読む人にただ徒労を掻き立てるだけの愚痴を並べるしかないようです。