木を植える!事業計画を考える(1)の続き
ところで、事業を起こそうとした時に一般的に必要となる事業計画書は、驚くべきことに(モノの本によると)20種類ほどにものぼり、この全種類をクリアするだけでも大変な労苦を使い果たしそうですが、ここはひとつ丹沢の森を再生する事業に対する熱意でもって、取り掛かるしかありません。ちなみにこれがその一覧になります。
事業計画書総括表
なかでもオレンジ色の ● が頭についたものは業種を問わず必須のようで、数えてみると9項目にのぼります。まずはこれらの筆頭にあり、事業の根幹を形作るものと言われている《事業計画書総括表》の一般的なフォーマットを見てみましょう。まず、前半部には8項目《a 業種名》〜《h 仕入先》が並んでいます。事業の内容と事業の関係先を確認するもので、比較的簡単に仕上げられそうです。
次に後半部には、必要な資金と調達法及び開業後の売り上げやコストに関わる金額の見通しを記入する項目が並びます。これらの数字を記入するためには、事業規模を具体的に設定し、顧客数などの想定から売り上げやコストの算定が必要になってきます。
問題の事業規模は、市場の潜在的なものも含めたニーズ(需要)によって推し量ることができます。では、《木を植える!》事業にはどのくらいの市場ニーズがあるのでしょうか。例えば、この備忘録でも紹介した神奈川県の森林再生事業《成長の森》を例にとって見てみましょう。
参考事例:神奈川県の《成長の森》森林再生事業の事業規模と事業コストについて
この《成長の森》事業は神奈川県が(財)かながわトラストみどり財団と共同で2007年から実施しているもので、赤ちゃんが生まれたご家族等に参加を募り、赤ちゃんの誕生を記念に、その健やかな成長と苗木の成長を重ね合わせた、生涯にわたる記念樹として、森林の様々な恵みを次の世代へ引き継いでいくことを目的とするものです。お子さんの名前を記した銘板を設置するとともに、参加者の現地見学会、植樹会を行うなど、神奈川の森林再生のための象徴的な取組みの一つとして実施されています。
2015年度の募集人数は500名。参加費用は3,000円。《成長の森》への申し込みから始まる具体的な作業の流れは右のようになります。植樹する苗木の樹種は無花粉スギとあり、残念ながら、常緑広葉樹のポット苗ではありません。また、植樹後の育て方について(財)かながわトラストみどり財団のサイトでは次のようにPRしています。
昨年度からの植樹場所は道路から近いため、「かながわ森林再生50年構想」を踏まえ、継続的な 林業の場として間伐(森林を健全に保つために一部の樹木を伐採すること。間引き。)を繰り返し 80~100年かけて木材を利用しながら巨木林になるよう育てていきます。 また、次世代への花粉症対策として「無花粉スギ」を植栽します。
植樹の年に誕生した赤ちゃんが80〜100歳のおじいちゃんやおばあちゃんになるまで、間伐材も木材として市場に出荷しながら管理を続け、その苗木を立派な巨木林として育て上げるという構想です。
そこで、右上のフロー図によると、参加費の3,000円×500名は受付と苗木を購入*し準備する(財)かながわトラストみどり財団の苗木費+事務手数料に相当するものであることがわかります。その後の植樹作業は神奈川県の担当となり、これに関わるコストはおそらく《かながわ水源環境保全・再生》事業費に含まれると思われますが、県が公表する資料には各々のコストの詳細までは出ていないようです。そこで、これからは想像の世界になるのですが、他の類似の事業からおおよその数字を出してみることにします。
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以下は、ケヤキやクヌギなどの広葉樹を植樹していた頃の《成長の森》の一連の作業の流れを追った9枚の写真を並べたものです。
写真を見ると、植樹予定地の樹林を伐採し、搬出する大変な作業から始まることがわかります。《成長の森》のウェブサイトを見ると、2.87haの針葉樹の森のうち全体の約30%の0.84haの面積に5,500本のケヤキやクヌギなどの10種類の広葉樹の苗木を植樹。将来は針葉樹林に広葉樹の混じった混交林の森にするのだそうです。募集人数500に対して約10倍強に当たる5,500本の苗木を植えるわけですが、90%は間伐により刈り取られ、10%の苗木だけが100年後にも生き残ることを想定しているのでしょうか。
ところで、スギやヒノキの人工林の場合は植栽時と伐採・収穫時の樹木数の推移について、治山・砂防、森林管理の専門家太田猛彦さんの『森林飽和』のなかに次のような記述があります。
スギ、ヒノキに代表される人工林はどうだろうか。一般に木材の生産を目的とする人工林では、伝統的に1ヘクタール(100メートル×100メートル)あたり3,000〜4,000本の苗木を植栽していた。現在はこれより少ない。縦横2メートル間隔で植栽すれば1ヘクタールあたり2,500本、縦横1メートル間隔で植えれば、1ヘクタールあたり1万本だから、1ヘクタールあたり3,000〜4,000本の植栽密度はそれらから感覚的に捉えることができるだろう。密植を伝統とする奈良県の吉野地方では1ヘクタールあたり1万本を植えていた。
しかし、苗木が成長するにしたがい数回にわたり成長の悪い木を抜き切りする「間伐」を繰り返して、伐採・収穫するときには数百本になっているのが一般的で、樹齢が四、五十年(伐採齢という)で伐採していた。苗木を植えてからの数年間は成長の早い雑草や灌木に負けないようにこれらを刈る下刈りを行う。その後の除伐(いわば幼齢期の間伐)、枝打ち、つるきりも重要な仕事である。なぜこのような面倒なことをするかというと、通直(まっすぐ)で形質の良い木材を生産するためである。(太田猛彦著『森林飽和』2012年 nhkブックス p145-146)
この太田猛彦さんの『森林飽和』を参考にすると、《成長の森》の0.84haの面積に5,500本の苗木は、ほぼ縦横1.5メートル間隔で植栽されたことになり、写真9を見ても実際の苗木の植栽密度もこれを裏付けているようです。では、0.84haの面積を伐採→集積・搬出→地拵え→丸太柵の設置→植生保護柵の設置→苗木の植樹→植栽の管理・・・と連なる作業に費やした金額を、神奈川県の事業実績(第2期5カ年計画)を参考にしながら(かなり乱暴ですが)推定してみます。
1)間伐材の搬出促進:964haに502百万円→0.84haだと520,000円
2)水源林整備:6,539haに4,308百万円→0.84haだと550,000円
3)地域水源林整備支援:2,108haに2,259百万円→0.84haだと890,000円
4)土壌保全対策:52haに980百万円→0.84haだと164,000,000円
このうち4)は土壌の流出を防ぐためのコンクリートブロックを施工するなどの、どちらかといえば土木工事になるため、面積当たりの単価が大きく跳ね上がってしまいますが、この際これも含めて単純合計すると、参加料に相当する苗木のコストを加えた植樹までの費用の総額は5年間で16,946(3,390/1年)万円となります。これは、もちろん毎年5,500本の苗木を植樹する場合の5年間のコストの合計ですが、次に毎年のコスト配分を試みてみましょう。ただし、植栽樹種は広葉樹とし、植樹から3〜4年間だけは雑草や灌木の下刈りが必要となる場合のものです。そこで植栽年=10、その後の3年間=各3、それ以降=各1の相対的なコストを、下表のように仮に(かなり乱暴ですが)設定してみました。そうすると5年間で78コストになり、1コストは16,946万円÷78=217万円という数字になります。
《成長の森》事業は、最近は新しい試みとして無花粉スギという(花粉症に悩む人には朗報なのですが)その森が続く限り、管理が欠かせない針葉樹の森を目指していますが、当初は10種類ほどの広葉樹を植栽していました。これだとうまく多層群落の植生を形作ることができれば、植樹から3〜4年以降は基本的に人の手を必要としない森の原型が出来上がるそうです。そうなると、上のコスト表がうまく当てはまることになりますね。
今度は話が変わって、私の夢想《木を植える!事業》にこのコスト配分を当てはめると、どんな数字が出てくるのでしょうか。この忘備録で《木を植える!事業》の1顧客の事業期間を以下のような理由でもって、一応30年としました。
では、実際に30年間に必要なトータル・コストを算出してみましょう。
(10×1+3×3+1×26)×217万円=9,765万円
となり、これを《成長の森》事業と同じ事業利益を考えずに500の顧客に分担してもらうと、顧客1人当たりの単価は20万円。う〜む・・・・!?少し高すぎますか?困りました。相対コストが1となっている5年以降は基本的に人の手は不要と言います。実際は0.5あたりが妥当なラインだと思い直して再計算してみると、
(10×1+3×3+0.5×26)×217万円=6,944万円
と下がり、顧客1人当たりの単価も半分とまではいかないものの、13万円ほどに落ち着くことになります。こんなところが妥当でしょうか。
次週の備忘録では、上記の結果を基にしてこの数字を《宮脇式潜在自然植生の密植・混植による植樹法》に当てはめてみた場合の事業可能性について考えてみます。ところで、やっぱり気になるのは数字の算出法です。《成長の森》事業予算の詳細を何とかして手に入れることはできないのでしょうか。
(続く)