移動する自然植生

ヒトの手により混植・密植の宮脇方式で作り育てられた《潜在自然植生》の森は、一旦その林相が形作られ、森の様相を自ら現出するようになると、余程の天変地異に会わない限り、それは半永久的に盛徳な姿を持続できると宮脇昭さんは言われています。
では、この場合の《半永久的》とは、どのくらいの時間的なスケールを予測しているのか、以前この備忘録でも追求してみたことがあるのですが、その時の私の結論は、地球に次の氷河期がやって来るまでではないかというものでした。現在の地球気候が間氷期にあるという時間の尺度からすると、次の氷河期は約9,000年後にやって来るようです。

日本列島を移動する自然植生

ところが、現在の日本にはヒトの手が及ばない辺境を除いて、原(始)植生とも言われる自然の植生はそのほとんどが壊滅状態にあります。私たちが山中に延びるドライブウェイや地方の田舎道を車で走るときに、緑に覆われて美しく清閑なカンジのする自然景観やその風景に感動してしまうのはよくよく振り返って見ると、その自然や風景は人の手で作られた、半ばニセモノのそれであり、そうとも知らず、私たちは人工林や雑木林などの人工の緑をひたすら愛でていたという訳です。

とはいえ、例えば戦後の荒廃からそう時間も経っていない時期に撮られた白黒映画のスクリーンに映る山々を改めて見てみると、森の木々はほとんど伐採され、表土がむき出しになった無残な風景がどこまでも続いていることに気付きます。森が消失してしまった山に大雨が降ると、たちまち近くの町は洪水に襲われるに違いない、などと余計な心配までしてしまいますが、きっと戦時中の国家予算の70%が軍事費に消えてしまい、生活が切迫するなかで、必要な燃料を確保するために、人々は緑を愛でる余裕はもちろん計画性もなく、山の樹木を伐採し尽くしてしまったのでしょう。
(この稿未完)

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