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丹沢の病い2/10=林床植生の退行

丹沢の病い1/10=森林の枯死》に続く第二回目は《丹沢の病い2/10=森林植生の退行》について。前回と同様に丹沢大山総合調査学術報告書(2007年)の報告に沿って、森林植生の退行の問題とその解決策について取り上げてみます。なお報告書が発表されたのは2007年ですが、総合調査は 1993-1996年にかけて行われたもので、今から20年ほど前になります。報告書には、植生の退行について以下のように記述されています。

樹木の立ち枯れとともにササ群落も著しく退行している。東丹沢の標高1200~1400mの緩傾斜地ではスズタケの退行が著しい。ミヤマクマザサは矮小化した生育型を示している。こうした退行は1980年代半ばから急激に拡大したと考えられる。その原因としては、動物による採食、天狗巣病*の蔓延などが考えられる。この調査で設けた植生保護柵の中で、スズタケの若干の回復が認められた。
丹沢山から蛭ヶ岳を中心とした地域の風衝草原やブナ林からは、クガイソウ、オオモミジガサ、レンゲショウマなどが失われた。その衰退にはニホンジカなどの動物による採食、山草として採取、林の乾燥化などが考えられる。また、従来、オオモミジガサーブナ群集として把握されていた高標高地のブナ林は種構成が変化し、ニホンジカの好まないヤマトリカブトなどの有毒種やサンショウのような刺を持つ種が増えて、クワガタソウ-ブナ群集と整理された。(丹沢大山総合調査学術報告書第1章背景と調査計画第1節丹沢大山自然環境総合調査(1995)と丹沢大山保全計画p3)

また、先日アップした《丹沢の植物分布》でブナ林の植生退行の進行プロセスを写真で示したページを同じ報告書から転載していますが、林床の退行により、土壌浸食や裸地化など、森林劣化が深刻になることがよくわかります。そこで、これら森林植生の退行の大きな原因の一つと考えられるニホンジカによる食害について特に詳しく言及しています。

ニホンジカは平野部に生息していた動物である。50kgの個体が、毎日6kgもの植物を採取しなければならないこと、集団化する社会性を持つ動物であることを考えると、わが国の森林地帯において自然状態でニホンジカの大きな個体群を養うことは出来ない。したがって、ニホンジカの分布が蛭ヶ岳を中心とした狭い範囲に限られていたという報告は、森林地帯にシカが追い上げられていたことを示すものである。
1960年代に分布拡大期があり、山地全域にニホンジカの分布が広がった。この時代には分布の中心部で個体数の増加も伴っていた。こうした増加と分布域の拡大の原因としては、1950年代から60年代にかけてさかんに行われた拡大造林をあげることができる。人工林または樹冠がうっぺいした樹林が伐採されると一時的な草地が出現し。ニホンジカの食料が増加する。また、これと並行してニホンジカの保護管理対策として、県下一円のニホンジカの捕獲禁止策が15年間にわたってとられたことも個体数増加の原因となったと考えられる。こうした背景でニホンジカが増加し、植林されたスギやヒノキの新梢を食べる林業被害が生じるようになった。

林業被害への対策として、神奈川県では新しい植林地に防鹿柵を設けて被害を防ぐ一方で、山地の約45%の面積を猟区として狩猟を行うことによって個体数を抑える対策をとった。そのことによって林業被害は防ぐことはできたが,山地全体の環境保全への配慮が十分行われていなかったために、別の問題が生じた。それは、柵によって移動が妨げられ、さらに狩猟によって追われたニホンジカが、保護区に集中してきたことである。特に標高1000m以上のブナ帯を中心に設置されている高標高域の保護区に閉じ込められるような状況になってきた。
高標高地のブナ帯に集中したニホンジカは、林床の下草に依存せざるを得ず、マルバダケブキやバイケイソウなどの不嗜好性植物が優占分布する場所が多くなっていった。また, 裸地化によって雨による土壌侵食が起こり生態系の劣化が始まった。さらに、時を同じくしてスズタケに天狗巣病が発生し、ニホンジカなどによる採食圧もあって、東丹沢一帯の広い範囲でスズタケが枯死してしまった。冬期の重要な食料源であったスズタケを失い、ニホンジカは稜線部のミヤマクマザサに依存して辛うじて越冬しているような状況にある。またウラジロモミなどの高木の樹皮をかじるようなことも広範囲に起こっており、樹木の枯死を引き起こしている。
このような植生の劣化はニホンジカ自身にとっても、食料資源の衰退につながり、その存在基盤は脆弱になってきている。さらに、ニホンジカの個体群に大きな影響を与えている要因に密猟と雪がある。密猟の実態は必ずしも明らかではないが丹沢自然保護協会などが行っている活動では西丹沢を中心に多くのくくりわなが発見されており、相当数の個体が犠牲になったと思われる。また、丹沢は年によって大雪が降ることがあり、食料である背の低いミヤマクマザサが雪に埋もれると、餓死するニホンジカが多く出てしまう。

ニホンジカをめぐる要因は複雑だが、もともと低地の動物であったニホンジカが、植林や狩猟のためにブナ帯に追い込まれ、そこで植生の衰退の原因となっている。低標高地も含めて全域にいかに低密度で分散させるかが重大な課題となる。(同上p4-5)

林野庁の2012年の資料「野生動物による森林被害」でも、シカによる枝葉の食害や剥皮被害が全体の7割近くを占めるとなっており、全国的な規模での対策が以前から求められていました。実際にシカ肉の食材利用の促進やシカ皮の製品化など、様々な試みが進められていますが、問題を解決するにはまだまだ道のりは遠いのが実情のようです。

天狗巣病:糸状菌(カビの一種)によって引き起こされる。発病すると、枝の一部が膨れてこぶ状になり、そこから不規則なほうき状の細かい枝が密生する。(ウィキペディアより)

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