植生トレンド考2:tv番組《縮小ニッポンの衝撃》から植生の近未来を考えてみる

先日放映されたnhktv番組《縮小ニッポンの衝撃》は4年後の東京オリンピックに、メディアを先頭に湧きかえっているようにも見える世の中の空気に冷や水を浴びせるような、文字通り衝撃的な内容のものでした。同時に私はtvの画面を見ながら、潜在自然植生の老学徒としての立場から、植生の近未来を考えずにはいられないような印象を持ったのです。

番組は、日本の歴史始まって以来という人口減少をテーマにして、わが国が未曾有の困難を抱えることになるであろう近未来を描こうとしたものですが、実は地方の所々では、既にその困難な近未来がいち早く来てしまったという話しから、番組は始まります。その前に、nhkのウェブサイトにある番組内容の一文をここに引用します。


今年、百年近い国勢調査史上初めて減少に転じた日本の総人口。一極集中が進む東京でも、五輪開催の2020年に減少に転じると予測されている。私たちにはどんな未来が待っているのか。地方ではこれまで通りの行政サービスを維持することができず、縮めていく動きが加速。東京23区でも人口減少が将来の財政破綻につながりかねないと対策に動く自治体も出てきた。地方と東京の最前線ルポを通し、縮小していくこの国の未来図を探る。

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この人口減少には、そのなかに少子高齢化と減少カーブが急激な下降線を描くという不吉な2つの因子を含んでいることから、このままでは日本国憲法第25条《すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。》があるから大丈夫と、のんびり構えることも許されないような社会になりそうです。

上の2つの図表から見えてくることは、東京オリンピックが開かれる2020年には、これまで大都市への一極集中を裏で支え、大都市人口増の源となっていた若年層を核とした地方から移ってくる生産人口が底を突いてしまうことです。この供給源の枯渇は、これまで供給地であった彼らの地方には回復し難いダメージを与えており、冒頭でも触れたように、困難な近未来が既に始まっている地方の悲鳴を、それを聞こうとする者には耳にすることができるようです。

水道水の検針もお年寄りの送迎も、住民サービスはこれから住民自らが分担。

若者をはじめとした生産人口のほとんどが都会へと移ったために、老人だけになってしまった限界集落を多く抱える地方の自治体のなかには、北海道夕張市のような財政破綻だけは避けようと、これまで自治体が行なってきた行政サービスの新たな担い手として住民組織を立ち上げ、彼らに分担してもらおうとする新しいスタイルを、国の後押しもあり進めている様子を、番組は紹介しています。その組織の団結式でしょうか、70〜80歳台の老人ばかりが目立つ住民達を前にして、彼らよりも随分若い市長が「本日は、誠におめでとうございます」と挨拶をしていました。

確かに、これも番組に挿入されていた、まるで社会から見放されてしまったような夕張市の困難な現実には、見る者の心を萎縮させるものがあります。数十万円ほどの保育所の施設修理代の捻出に夕張市長自ら頭を抱えている一方で、同じ日本で話題になった来るべき東京オリンピックに関わるエンブレム類似騒動が頭をよぎってしまいます。あの華々しい発表会に使ってしまった6,000万円をはじめとした数億円をあっさりドブに捨ててしまい、加えて、その責任を取ることなど考えたこともない当の組織委員会は家賃が数億円のビルに堂々と居座り続けるという、空虚と不毛、華美と豪奢がないまぜになったこの対照的な二つが同時進行する現実を、私は見ない訳にはいきません。

かつて「一流のリーダーが、二流のビジネスホテルに泊まりますか!?恥ずかしいでしょ、そういうことなんですよ」と自慢げに自己をそう表現したため、失職してしまったある大都市を抱える某知事の感性は、今もこの組織委員会で王道を行くように脈々と続いているのでしょうか。

と、奮闘する若き夕張市長のことを想うあまりついつい横道に逸れてしまいましたが、話しを戻すと、人口減少に始まり  →  少子高齢化  →  とりわけ若年層の(非正規就労による)低所得化  →  急激な税収不足  →  自治体の財源不足とその深刻化  →・・・・と、地方自治体が負のスパイラルに陥る現実性が高くなってきました。過疎地域ではすでに深刻な状況は始まっており、これまで一極集中の恩恵を受けてきたはずの大都市圏でも、近い将来住民サービスの縮小は避けることができない可能性が出てきました。

気になる水源林整備や防災保全林への予算削減の影響

番組では、いち早く行政サービスからの撤退や縮小に踏み込んでいる夕張市の現状を伝えています。夕張市では、市の公園・図書館は廃止、医療サービスは縮小を図っているそうです。財政規模の縮小に伴って、何を小さくしながらも残して、何を切り捨てるのか。基本的には住民の生命や健康に関わるサービスを確保し、その周辺の文化的なものから削減して行くのでしょうか。

植生に関わる者としては、これまで大都市の住民の生活水の確保に大きな役割を果たしてきた水源林整備、そして大きな災害の経験からようやく見直されるようになってきた防潮林などの防災保全林への取り組みなど、これら森林に関わる予算の削減が心配になってきます。

何しろ樹木の育成は、彼らが本来の森を形作るまで、少なくとも植樹から数十年は要すると言われています。私の住む神奈川県では県の北東部に東西50〜60kmに拡がる丹沢・大山山系に、県民の命を育む貴重な水源林を抱えているため、《神奈川県森林再生50年構想》という長期的な視野で水源林再生を進めるプランを策定。50年後の目標を具体的に明示し、それに沿ってすすめる施作は人工林の荒廃を押しとどめ、水源林環境を改善するなど多くの成果を上げています。

ところが、この構想の3本柱である(落葉)広葉樹林の再生・人工林から混交林への転換・人工林の再生はいづれもが、潜在自然植生ではなく人工的な植生のため、これらの植生の再生を続ける限り、50年後も100年後も現在と同様のコストが発生し続ける恐れが出てきます。《神奈川県森林再生50年構想》事業は、通常の住民税とは独立した水源林税として県民から別途徴収している税金を予算としているため、余程のことがない限り保証され続けると思われますが、今後都市部での人口減に伴う財源不足のことを思うと、水源林再生の優先順位が下がってしまい、これも将来問題になりそうな水道インフラの劣化・腐食の方に予算が回される可能性もあるとしたら。

ここで、ぜひ水源林再生のための候補に新しく加えてもらいたいのが《潜在自然植生》です。神奈川県であれば、水源林地域の大部分を占める標高800m以下だと、常緑広葉樹林になります。これら12〜15種類の樹種を高木—亜高木—低木—草本の4つの層でバランスよく配置し、多層群落を作ると豊かな生態系も生まれ、何よりも植樹から4〜5年後にはヒトの手による管理が不要になるという、他の植生にない大きな優位性も備えていることは、この備忘録でも100回ほど主張しているという訳です。

そこで過去録から、その主張なるものを以下に再掲載することで、少し手を抜くことにします。

*以下の文章はoct29,2015の備忘録から一部分を抜き取ったもの。一部文脈につながりが不明瞭な箇所が出てきますが、ご了承ください。

広葉樹林の再生には《潜在自然植生》による植樹法が効果的

以上、神奈川県の森林再生の3つの施策を簡単に紹介しましたが、3つ目の人工林の再生を除くと、今後は広葉樹林を増やすことが森林再生には欠かせない基本施策となりそうです。この場合、実際には人工林や里山の雑木林の一角でまずは広葉樹の植樹を行い、徐々に広葉樹の植樹面積を拡大しながら針広混交林を作っていく積極的な方法が、自然力を利用した遷移(二次遷移)に任せるよりも、よりスピーディで現実的だと考えられます。

次に、針広混交林化の施策の前提として(人工林と広葉樹林の最終的な比率は地域によって異なるにしても)人工林は一部だけを残し、それ以外は全て広葉樹林に転換する方向性を持つことが本来の意味での森の再生につながると考えます。自治体が税金でまかなえる森林事業の範囲も量も今後ますます減少してしまうことが予想されるからです。豊かな環境を保った人工林を維持するには、人工林がある限り継続的な管理と費用が必要となり、商品としての採算が取れなくなり、管理放棄された民間のスギ・ヒノキ林までをいつまでも自治体の負担で手当てをするには厳しい状況になっています。

そして広葉樹林に転換する方法も、ただただ自然の遷移に任せるのではなく、人工林を伐採した跡地には積極的に多様な樹種からなる広葉樹の植樹を行い、森の再生を一日も早く試みることです。その際参考になる手法として、この備忘録のメインテーマでもある《潜在自然植生》による植樹法がオススメです。なにしろ、この手法だと植樹から3〜5年後には、太古の森がそうであったように、ヒトの管理は不要のまま森の原型が現れ、次第に豊かな生態系を自ら作り出しながら成長する森になるという訳です。宮脇昭さんが提唱する《潜在自然植生》による植樹法の今までの事例を見ると、植樹から10年で主木となる樹種は10m、20年で20mほどの樹高に成長しているようです。

《潜在自然植生》の宮脇昭さんがイメージする人工林から混交林または広葉樹林への転換法

森の力一ヶ月ほど前の備忘録《人と自然の共生のために何ができるか》で人工林の美観を讃える人々の考えを批判的に取り上げたことがありました。そのついでに、宮脇昭さんの人工林への思いとその対処法を彼の著作の中から抜粋しながら紹介したのですが、今回も同じことを試みながら、《潜在自然植生》の生みの親である宮脇昭さんがイメージする人工林から広葉樹林への転換法について考えてみたいと思います。

宮脇さんは『森の力—植物生態学者の理論と実践』(講談社現代新書 2013年)のなかで次のように言っています。

私は針葉樹がすべてダメと言っている訳ではありません。‥‥‥針葉樹もよいものは残せばよいのです。下草刈り、枝打ち、間伐、除伐などの適正管理が確実に続けられるのであれば、これからも適地、適木に応じてマツ、スギ、ヒノキなどの針葉樹も必要だと思っています。
そもそも適地の範囲を超えて画一的に単植林(モノカルチャー)にされたところに問題が潜んでいるのです。マツ、スギ、ヒノキの本来の生育立地をはみだして大量に植えて、管理ができなくなっていることが問題なのです。‥‥‥これからは、なるべく自生していた土地に植え、持続的な適正管理を行ないながら、利用していくことを考えればよいのです。(p141-p142)

今日の森の問題はその多くが人工林の問題だけに、管理しようにも管理できなくなった、山の地主が持て余している人工林はどうするのかという問いかけは問題の核心をついているように思えます。ここから私は、人工林の伐採面積を徐々に拡げ、これと反比例するようにその土地本来の《潜在自然植生》の広葉樹の苗木を植樹し、積極的に広葉樹林を拡大する手法を宮脇さんは考えているに違いないと思った次第です。この手法を図に示します。

比率1ー3

混交林のなかでの人工林の割合は、管理可能な許容範囲に収める

上図(人工林から広葉樹林への転換プロセス)では、最終的な人工林の割合を10%に抑えていますが、これは極端な事例であり、実際には下草刈り、枝打ち、間伐、除伐などの人工林につきまとう持続的な適正管理が可能な範囲で人工林:広葉樹林の比率は決められるのだと思います。同時に商品価値がある、つまり木材として利用可能な人工林の育て方も大きな課題です。その点、神奈川県の三番目の施策「人工林の再生」はこれに答えているのでしょうか。

話を『森の力—植物生態学者の理論と実践』に戻すと、伐採した人工林で商品価値がない場合の「生態学的な」活用法を含め、宮脇さんは次のような提案をしています。

いまある「マツ、スギ、ヒノキ」を生態学的に活かす方法もあります。将来、経済的にも対応できそうな立木はそのまま残します。一方で暴風などで倒れたり、間伐したマツ、スギ、ヒノキは焼いたりしないで、、そのまま斜面に対して横にして置いておけば、よい。そうすればそこに落ち葉もたまって、土壌が豊かになります。(p142)

この方法を簡単なスケッチにしてみました。こんなカンジでしょうか。

斜面

植樹用マウンドの作り方など宮脇式植樹法の詳細は備忘録《ふるさとの木によるふるさとの森づくり》シリーズの246にあります。参考にしてください。

最後に、人工林の問題と宮脇さんが提唱する《ふるさとの森づくり》について次のようにまとめています。

その上で潜在自然植生に基づく「ふるさとの森」づくりを行なえば、、自ずと土地本来の森へと確実に戻るはずです。多様な防災・環境保全林の役割を果たし、観光資源にもなりうる地域固有の豊かな緑景観を形成するでしょう。大木になったマツ、スギ、ヒノキ、さらには広葉樹林も、慎重に択伐して利用すればよいのです。
マツ、スギ、ヒノキなどのその土地に合わない客員樹種は一度伐採すればまた植林しなければなりません。しかし、潜在自然植生に基づく土地本来の森は、択伐しても後継樹が待ち構えているので、新旧交代しながらも地域経済とも共生する多彩な機能を果たす多層群落の森の力をいつまでも持続します。(p143)

*使用したtv画像は全てnhktv番組《縮小ニッポンの衝撃》からキャプチャーしたものです。nhkの番組はオンラインサービスでも《nhkオンデマンド》で視聴することができます。

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