丹沢の植物分布

普段なにげなく眺めたり、その林や森のなかを歩いたりして、私たちの破損した心を再生してくれる丹沢の樹木にはどんなものがあるのかという、基本から学んでいこうと思います。

そこで強い味方となってくれるのが、神奈川県のウェブサイトにも載っている『丹沢大山総合調査学術報告書』(2007年)。丹沢の自然の再生を主な目的として、丹沢の動植物や水・土の環境評価から丹沢に住む人びとの暮らしにいたるまでを網羅的に調査した報告書で、膨大な量になっています。なかでも丹沢の「病んでいる姿」を捉えた多くの記述に私たちは注視する必要があるなど、これから丹沢に関わろうとする者にとって、貴重なコンテンツとなっています。

常緑広葉樹林(ヤブツバキクラス):標高700~800m以下

さっそくこの報告書を開いてみると、丹沢大山の標高700~800m以下の山地に分布する常緑広葉樹林(ヤブツバキクラス)の群集の一つとして《ヤブコウジ-スダジイ群集》を次のイラスト付きで記載しています。これを見ると、高木、亜高木、低木が多層群集を構成しており、持続的に森が維持されるためには、このような群集の群落が欠かせないそうです。
ヤブコウジ-スダジイ群集の群落断面模式図
◎ヤブコウジ-スダジイ群集の群落断面模式図
AF: Abies firma モミ, CJ: Cinnamomum japonicum ヤブニッケイ, CS: Castanopsis cuspidata var. sieboldii スダジイ, EG: Elaeagnus glabra ツルグミ, EJ: Eurya japonica ヒサカキ, GN: Gardneria nutans ホウライカズラ, QA: Quercus acuta アカガシ, QS: Quercus salicina ウラジロガシ, TA: Trachelospermum asiaticum var.intermedium テイカカズラ. 記載地は日向山(標高380m)
(以上、イラストおよびそのキャプションは『丹沢大山総合調査学術報告書』第2章 生きもの再生調査/第1節 植物/Ⅰ植生/1. 丹沢大山の植生-シカ影響下の植物群落-(p19)より転載しました。)

なお、丹沢の常緑広葉樹林(ヤブツバキクラス)には《ヤブコウジ-スダジイ群集》の他にも、《サカキ-ウラジロガシ群集》、《イロハモミジ-ケヤキ群集》、 《アラカシ群落 》が分布し、それらの現況を次のように報告しています。
※群集と群落について:
植生における「群集」とは特定の種組成・生育条件および相観をもち、植物社会学的群落分類における基本単位を表し、「群集」が決定できないものは優占種によって区分される「群落」として暫定的に表記するそうです。(自然環境保全基礎調査 植生調査情報提供ウェブサイトより)

これらの常緑広葉樹林の多くは標高700~800m以下の山地に分布している。西丹沢,大山などの一部地域では標高 900~1,000mの尾根や南向き斜面にヤブツバキクラスの常緑植物を伴うアカガシ林が分布しており、局所的なヤブツバキクラス域の上昇が認められる。現在,丹沢大山のヤブツバキクラス域はスギ・ヒノキ植林が広く占めており、常緑広葉樹林はごく一部の尾根などに残存するにすぎない。面積的にまとまりのある常緑広葉樹林は大山・札掛・大洞沢・境沢・本谷川周辺のモミ-カシ林(サカキ-ウラジロガシ群集)が挙げられる。これらの地域では近年、モミの衰弱、枯死が進行しており、今後の動態に注視する必要がある。また、ブナクラスの森林群落と同様に、丹沢大山の常緑広葉樹林においても総じてシカ(一部、イノシシ)による林床植生の強度のかく乱(喫食・踏み付け)が認められる。低木層、草本層の退行に伴う土壌流出や森林の更新阻害など多くの問題が懸念される。 丹沢大山地域の常緑広葉樹林は、標高700~800m以下の低標高域において野生生物の環境収容力を適正に保持するための鍵となる植生でもあり、その保全・再生に積極的に努めてゆく必要がある。(以上、同p17より転載・下線は筆者)

夏緑広葉樹林(ブナクラスほか):標高700~800m以上

上記の常緑広葉樹林の多くは標高700~800m以下の山地に分布していますが、この標高を境界にして上部は夏緑広葉樹林(ブナクラス)域に移行するとして、つぎのように記述されています。

ブナクラス域の森林植生は広葉樹林が広く残されているが,スギ,ヒノキの人工林も同様に広い面積を占めている.また清川村札掛,大洞などにはモミ,ツガなどの常緑針葉樹林が尾根部を中心に残存している.夏緑広葉樹林の自然林ではブナ林が海抜1,000m 以上の地域に広く残されているが,喫食,踏つけなどシカによる林床植生のかく乱が進み,深刻な事態となっている. 海抜 1,100m 以下の斜面下部や谷沿いの急斜面には局所的にイヌブナ林がみられ, その周辺にはクマシデ,イヌシデなどのシデ林が二次林あるいは持続群落として生育している.二次林ではかつて薪炭林として利用されていたコナラ林やミズナラ林がみられるが,面積的には少ない.沢沿いの湿生林は,ブナクラス域下部にはケヤキ林が生育し,ほぼ海抜800m以上にはサワグルミ林,シオジ林が分布している.また,各地の沢沿い崩壊地にはフサザクラを主体とする先駆群落がみられる.(以上、同p22より転載・下線は筆者)

夏緑広葉樹林(ブナクラス)域に分布する群集・群落は以下の通りで、それぞれ詳しく報告されています。

  • アカマツ群落
  • クリ-コナラ群集
  • アカシデ-クマシデ群落
  • フクオウソウ-ミズナラ群集
  • コカンスゲ-ツガ群集
  • ヤマボウシ-ブナ群集
  • オオモミジガサ-ブナ群集
  • アブラチャン-ケヤキ群集
  • イワボタン-シオジ群集
  • オオバアサガラ群落
  • ヤマハンノキ-ミヤマヤシャブシ群落
  • タマアジサイ-フサザクラ群集
  • アカメガシワ-カラスザンショウ群落
  • ハコネハナヒリノキ群落

その他にも、植林・低木林(ノイバラクラスほか)・草原植生(ススキクラスほか)・林縁・路傍生広葉草本群落(ヨモギクラスほか)・岩壁草本植生(ホウライシダクラスほか)などが網羅的に紹介されています。最後に、この報告書のタイトル「丹沢大山の植生-シカ影響下の植物群落-」にあるように、深刻な状況にあるシカの食害を写真で示したページ「ブナ林における林床植生の退行」(p61)が添付されているので、これも付け加えておきます。詳細は『丹沢大山総合学術調査報告書』ウェブサイトでご確認ください。
図25
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