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林業と樹の文化

前回の備忘録《潜在自然植生と人工林(仮)》では素人ながらも林業のことまで口出ししてしまいました。今の日本の林業が直面している状況は複雑で深刻な問題のように思われ、私のような素朴な森の保全論者にはとても太刀打ちできるようなレベルではない!こともわかっていたのですが。でも、森の再生を考える時にはどうしても避けて通る訳には行かない課題であることも確かなようです。

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例えば、この写真は先日大山寺を訪れた時に大山の東に位置する雷(いかずち)山の方角を撮ったものです。ご覧のように山の斜面を覆う見事な杉林の一部が伐採され、その跡地 (a) には苗木のようなものが見られ、おそらく次の代の植林が行われているのでしょうか。その奥の (b) の斜面は伐採後の裸地の状態のようです。この一枚の写真を見るだけでも、素人ながらも様々な思いに駆られてしまいます。

  • 伐採されたスギは木材として商品利用されているのだろうか?
  • 事業としての採算はとれているのか、または税金による補助がないとやっていけないのか?
  • 一般に不採算の人工林が多い中で、採算がとれる林業を実現したとすると、その特殊性または固有の条件は何か?あるいは新しい手法の採用によるものなのか?
  • 写真の (a) や (b) の状態は森や山の麓の環境にどういう影響を与えるのか?
  • 同様に (b) のような人工林伐採後の跡地に、潜在自然植生の植樹を行う場合、山や森の環境にどういう影響を与えるのか?

などなど、人工林の主な樹種であるスギやヒノキのこと、林業の領域にも関心が行ってしまうことになります。そんな時に参考にしているのが、かなり古くなってしまいましたが、かつて丹沢を頻繁に往復していた頃の20年以上も前に買った2冊の本です。

樹の文化史+林業事始

左はサブタイトルに「林業事始」とあるように、1980年代までの日本の林業の歴史の概要とその当時の課題を論じたもの。
右は表紙の帯にあるように、人々に親しまれている桜をはじめとした日本の木々と人々との関わりの歴史が書かれている。

筒井迪夫さんの『山と木と日本人』(朝日選書  1982)によると、戦後の日本の林業が決定的に変容するのは1960年代前半頃から始まるかつての高度経済成長期と重なっており、その頃、農山村からの労働力の流出と都市周辺部での地価高騰による林業放棄の傾向も顕著になったとあります。例えば、神奈川県丹沢周辺の今もある11のゴルフ場開業時期を調べてみると、1960年代末の2から始まって1970年代には6、1980年代前半には3と、1970年代を中心にゴルフ場開発が盛んに行われていることからも、その変化を推測することができます。神奈川県のような首都圏に近い山間部では、この頃にはすでに山の木材を売買の対象とするのではなく、山の土地そのものを商品として売ってしまい、林業を放棄する事態が一部では進んでいたことがわかります。

他方、全国的には針葉樹林への転換がますます進み、そのため、この本が書かれた1980年前後には環境破壊に対する懸念と環境保全への声が大きくなったのですが、国産に比べ安価になった輸入木材の増加なども加わり、林業の衰退に歯止めをかけることができませんでした。今では人工林の管理放棄も珍しくなくなっていることは多くの人がご存じの通りです。

筒井さんはこの環境破壊について(今から30年以上前になりますが)次のように語っています。

成長がおそく、良質を得にくい広葉樹は、単位当たり材積生産の最大を求めて突き進んだその後の造林政策の対象から外された。そればかりではない。広葉樹はすべてひとからげに「雑木」と軽視され、手当たり次第伐採されてスギやヒノキ、カラマツに代えられていった。昭和30年代(1955〜1964)の拡大造林期(広葉樹種を針葉樹種に転換する造林形態。林種転換とも呼ばれる)にはこの傾向は一段と激しく進み、有用広葉樹の大材はいたる所で、姿を消してしまった。この広葉樹の受難の日々に終止符を打ったのは最近の「自然回帰」の思潮である。(『山と木と日本人』(朝日選書  p238)

この筒井さんの引用文には「有用広葉樹」という表現に見られるように、山の木々を人間の道具(商品)とする前提で扱っており、そこには宮脇昭さんの言う、森の樹木は地球上の生き物の「いのち」を守る循環システムの母体であるという視点は全くありません。にもかかわらず、1982に刊行されたこの本はこのままの林政ではマズいという認識で貫かれています。それから30年あまり経った現在、状況は変わったのでしょうか。

次に、もう一冊の足田輝一さんの『樹の文化誌』(朝日選書1985)は500ページを超えるほどの分厚さがあり、私たちが街路や公園、庭などで身近に見ることができる、日本人になじみ深い桜や松、梅などの木々について、じっくりと変遷する文化や歴史の面から紹介し、読者を楽しませてくれる内容になっています。なので、私が興味を持っている常緑広葉樹は残念ながら、ほとんど顔を出してはくれないのですが、不思議なことに植生については奇しくも宮脇さんと同じような見方をしています。

先年のことだが、伊勢神宮の神域林を訪れたことがある。神宮の前を流れる五十鈴川の上流へさかのぼって、神山とされる神路山や島路山の森林に入っていった。ここには1000年にわたって、神宮の領域とされ、その造営の資材を伐り出すために営まれてきた森である。その歴史にはいろいろな曲折はあったが、日本の原初に近い森林の姿が、比較的保たれてきたところである。この神域林では、シイ類、カシ類、クスノキなどの、いわゆる照葉樹林にまじって、アカマツ、スギ、ヒノキなどの針葉樹が、美しい常緑の森を作っている。
例えば、縄文時代にさかのぼってみると、人口のまだ少なく、農耕も発達していなかった日本列島の、東北部や高地を除くほとんどの山野は、ほのぐらいまで茂った照葉樹林におおわれていた、と想像される。
照葉樹林とは、シイ、カシ、クスノキ、ツバキなど、葉の表面に光沢のある常緑樹を主にした森林のことだ。地球上では、ヒマラヤの麓から、中国大陸の中南部、朝鮮半島の南部を経て、日本列島の大部分に帯状にひろがっていたと思われる、森林の原型なのである。
おそらく、日本人の祖先はこの照葉樹林のあった大陸から渡ってきたものだろうし、私たちの農耕文化の多くも、この照葉樹林の中で発生したものであったろう。
だから、日本人の原生の宗教であった神道も、この照葉樹林のなかから生まれてきたのではなかろうか。神事に用いられる植物を調べてみると、照葉樹林の草木が多く登場してくることも、それを物語っている。
一例を挙げれば、神事に必ず使われているサカキやヒサカキも、照葉樹林の仲間である。神域林をたずねた時、伊勢神宮の神事についても、いろいろ聞いてみた。毎朝の神饌は土器にトクラべという木の葉を敷いて、その上にのせるというが、これはミミズバイという常緑樹の葉であった。これらの神饌をつくる火は、いまもヤマビワ材の火きりを、ヒノキ板の上で摩擦させておこすのである。このヤマビワも、照葉樹のひとつだ。
このように、神事に照葉樹が使われていることは、遥かに遠い祖先の暮らしぶりを、いまに伝えているものであろう。日本人の文化が、照葉樹林文化の流れをくんでいることは、これらの例からも推測できよう。(『樹の文化史』朝日選書  p178)

と、昔にさかのぼると東北部や高地を除く日本列島には、潜在自然植生という言葉こそ使われていませんが、その土地本来の植生として常緑広葉樹の森が広がっており、日本人は照葉樹(常緑樹)林文化に囲まれて生活を続けてきたことが書かれています。

が、足田さんの本が面白いのはここからで、では年中色を変えずに深い緑の葉が茂る常緑の大樹に神の姿を見つけ尊崇もしてきた人々が、なぜ(正月の門松などの針葉樹である)マツ信仰を持つようになったのか?と自ら問いかけて、このナゾについて次のように答えています。

こういう常緑樹信仰が、どうしてマツ信仰へと集中して行ったのだろうか。それは、黄河流域を中心とした古代中国文化が、日本列島へと仏教伝来に前後して渡ってきたからではないか、と推測される。・・・(中略)・・・古代中国のマツ信仰が、いろいろな文物とともに日本に伝えられ、日本人の民族的な習癖として、海外文化への強い傾倒とともに、本来の常緑樹信仰のなかへ融合していったのではないだろうか。・・・(中略)・・・現代の私たちの生活、それは時勢とともに変転していくものだが、そのなかにも、幾千年の伝統の底流がのぞいている。そして、その日本の古くからうけつがれた習俗のなかには、中国大陸から渡ってきた文化が、色濃く染めつけられているようである。〝日本的なるもの〝という問いを、私たちの歴史に向かって投げかけるときには、常に中国大陸からの影響を、忘れることができないのである。私たちが、いま誇りとしている日本の文化とは、このようにアジアのいろいろな文化の吸収と調和の上に生まれてきた。マツをめぐる草木文化が、それを物語っている。(『樹の文化誌』朝日選書  p179-181)

と、途中をかなり割愛してしまいましたが、常緑樹文化とマツ信仰の相関をアジア的な規模と変遷する歴史の時間軸で説明しています。とすれば、今は針葉樹の人工林で覆われている日本の森も、人々の英知でもって少しずつ方向転換しながら、やがては照葉樹林文化が見直しされる日がやってくる可能性もあるのでしょうか。実際に、針葉樹林の一部を伐採し、そこに照葉樹の植林を試みる実験を始めるなど、針広混合林への転換を模索する事例も聞かれるようになりました。

そこで、日本の林業がこの流れとどう向き合っていくのか、期待したいと思います。

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