森を観る人達について行く

秋はいつも、人々の華やぎが目につくばかりか、普段は静かにしているはずの老人たちもまた、彼らの精神は妙に躍動してしまうようです。そういう訳で、私の足は先の週末に続いて今度も、《潜在自然植生》の森の方へと向かってしまいました。行き先は、レナフォ(国際ふるさとの森づくり協会)が主催してくれた《第1回森の調査会 森を観る》バスツアー。このなんともシャレたタイトルに惹かれてノコノコと出かけてしまった、その道中を忘れないうちに簡単に備忘することにします。

9:00am秦野駅からスタートして、3つの森を観てまわる。

今回の《森を観る》バスツアーは、いずれも植樹から十年を迎える3箇所の、ふるさとの木によるふるさとの森の成長の過程をみんなで観てみようというもの。その森とは次の3箇所になります。

 出雲大社  相模分祠「千年の杜」
 社会福祉法人  進和学園「しんわルネッサンスの杜」
 高座清掃施設組合「高座の杜」

そしてツアーの終点は夕暮れ迫る海老名駅で解散するという、全行程(google mapによると)40.3kmを駆け巡ったおかげで、私の身体は恐れていた通りホゲホゲと音を立て始めた訳ですが、にもかかわらず、そして私以外の参加者全員がプロフェッショナルな森の観察者であるような、専門的なレベルの会話には、私はまったく付いて行けなかったという残念な事情にもかかわらず、その場所その場所の、興味ふかいそれぞれの森の物語にも触れることができて、貴重な時間に満たされた一日でもありました。

1)出雲大社  相模分祠「千年の杜」

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この森のことを解説してくれた出雲大社・相模分祠の宮司さんは、ここだけではなくこのあたりに8つの神社をお持ちになっており、植樹の機会を見つけては、社の周りの植生をつぎつぎと《潜在自然植生》に転換することを自らの職責としている人でもあるらしいのです。この日、案内していただいた相模分祠の「千年の杜」の他にも、戸惑う人達を説得して針葉樹の単層林を宮脇方式の混交林に転換した落合八幡神社の裏山とか、相模分祠の鳥居の正面から眺めることができるかつての薪炭林の(他人の)山も、大胆にも買収してそこに《潜在自然植生》を持ち込もうと画策するなど、今後もその活躍の様子を是非とも定期的に見守りし続けたくなるような、すごく面白そうと言っては失礼かもしれない、私には大変興味深いお話しを提供していただきました。

これまで私が見てきた《潜在自然植生》=ふるさとの森づくりは、そのほとんどが何もない場所での植栽であることが多く、その意味では(たびたび私の備忘録にも登場する)国際湘南村のように、植生の教科書とも呼べるような純粋培養の植生実験場*でもあったようにも思えます。これをさらに進めて、つまり《実験》から《実際》の場所に植栽の活動範囲を移してみることもそろそろ必要ではないかと、この日も自問することになったのです。

とはいえ、実際に植樹作業を体験した時の私の感慨ぶりと幸福感は《ふるさとの森づくり専門家研修に参加する2》に書いた通りである。

出雲大社相模分祠の宮司さんのように、例えば荒廃した人工林の中に入って《潜在自然植生》とうまく調和をとることで森を再生する手法として、そして現在では利用されなくなり、このままでは危険な状態になるというかつての薪炭林を《潜在自然植生》=ふるさとの森づくりにもっていく新しい試みなど、今の日本の森林が抱えている課題にも向き合いながら、宮脇方式でもって《潜在自然植生》=ふるさとの森づくりを進めてみるというアプローチにも捨て難いものがあると改めて思った訳です。

2)社会福祉法人  進和学園「しんわルネッサンスの杜」

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2番目の「しんわルネッサンスの杜」も植樹から10年の、樹高は3階建ての建物よりも高く12〜13mほどに達し、左右の空間にも大きく張り出した勢いのある様相でありました。そしてビギナーの立場からして、特に嬉しかったことはここだけの話ですが、主な樹木の枝に樹名入りのラベルがぶら下がっていたことです。

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覚える能力に極端に欠ける!というのが、私の数多いヒミツの短所のひとつですが、名札を付けて近所の公園に並ぶアラカシ・シラカシ・クスノキの3つだけは、毎日のようにそれらの木々の横を通ることもあって、ほぼ完璧に葉っぱや幹の表情をマスターしているのですが、今回新たに、私の部屋の窓のすぐ外で勝手に伸びてきた実生の常緑広葉樹の肉厚でツヤのある暗緑色の葉っぱが、なんとスダジイのそれであることも「しんわルネッサンスの杜」で撮った上の写真との照合から発覚してしまったという訳です。このヒョータンからコマのような学術的な発見は、ビギナーだけど同時に年老いてもいるという人知れぬハンディーを抱えることの焦りからくる、私の貪欲な探究心のなせるワザなのでしょうか。

3)高座清掃施設組合「高座の杜」

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3番目の高座清掃施設組合「高座の杜」ではツアータイトル《第1回森の調査会 森を観る》にあるように、森の中に入って実際の森の様相を調べて見ました。「高座の杜」は2006年の秋、1,875㎡の面積に7,840本の苗木を植樹しており、10年を経た今では樹高は最大1om以上のシラカシを主木とした森のカタチを表し始めています。林内に入ると、高木から草本までの20余りの樹種が順調に育ち、豊かな多層群落を構成する常緑広葉樹林になっているようです。

ここでの調査とは、林内の階層構造と種組成の調査を行うプレ植生調査、大きな樹木の樹種・樹高・胸高直径・推定co2固定量などを測定するプレ毎木調査、そして1m×1mのロープのなかに何本の樹木が入るかを調べる樹木の密度調査、最後に全体のco2固定量を算出するというものです。

ただ、この森の調査レベルは、私には難解なこともあり、ただただみんなの後から付いて行っただけですが、彼らの会話のなかから断片的にせよ新しく習得することもいくつかあったのです。一つは、植樹種以外の樹木も多く見つかったこと。おそらく客土のなかにその種子が含まれていたか、鳥たちが落とすフンになかに混ざっていて、それらが発芽・生育したものであるということでした。実際の森には、こういうことがよく起きているのでしょうか。

二つ目は森の階層構造のこと。高木層:亜高木層:低木層:草本層の4つの層の平均的な樹高と(森を真上から俯瞰して見た場合、それぞれの層が覆っている比率を%で表わす)植被率という、この二つのことを調べてみました。なかでも、注目したのは初めて耳にした植被率という言葉。植樹から10年しか経っていないこの森の現在の植被率を、目視でもって調べてみると、高木層:亜高木層:低木層:草本層の比率が 90 : 10 : 2 : 0と、まだ若い森のためにバランスも決してよくないそうです。これがもう少し本格的な森に育ってくると、だいたい 30 : 30 : 30 : 10 というバランスのとれた数値に落ち着いてくるとのこと。そうすると、あの《潜在自然植生》の理想を現在に表す明治神宮の森の植被率も、美しいカタチをした  30 : 30 : 30 : 10 なのでしょうか。

最後の調査項目は「高座の杜」が10年間に固定したco2量の算出。数式を当てはめると次のようになります。平均単木固定量(45kg)×平均密度(4.5本)×面積(1,875㎡)=382,500kg/10年間。つまり382トン/10年間となり、一家庭が年間に放出するco2量の平均が約5トンだとすると、「高座の杜」は毎年7〜8家庭ぶんを何とかカバーしていることになります。この数字が果たして少ないのか、多いのか?が次に私たちが考えるべき問題でしょうか。

こうして計算してみて思ったことは、co2固定の問題をより効果的・実際的に考えるためには、私の住む神奈川県であれば圧倒的な拡がりをもつ丹沢・大山山系の森に目を向けるほうが賢そうです。そして、そこでのco2固定量はどう推移しようとしているのか、これも私たち《潜在自然植生》の学徒が本来は知っておくべき課題のひとつなのかも知れません。

以上、森の植栽者やバスツアーで一緒だった人たちのおかげで、この日は《潜在自然植生》に関わる話題を新たにいろいろと蓄えることができました。そこで、忘れないうちに大急ぎでもって、備忘しておいた訳ですが、ここで獲得できた課題はそれぞれが、これを書き記した人物に次の解決すべき新しい課題を示唆し、その実行をなかば強いているようにも思え、仮にこれを真面目に受け取ろうとすると、すでに人生の最後の周回に入ってしまった私には手に負えないような重い荷物のようで、途方に暮れてしまうような気分にもなるのでした。

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