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潜在自然植生について(森の作り方01)

木を植えよ!s私が丹沢の森について考えるときに教科書としていつも参考にしているのが宮脇昭さんの『木を植えよ!』(新潮選書 2006年)。全体が9章で構成され、特に最後の第9章は《自宅の庭に森をつくろう》という大変刺激的なタイトルでしめくくられています。でも、せっかちな私が一番興味をそそられて、最初に読んだのは、第7章の《森のつくり方》。この本のタイトルは、森をつくるという宮脇さんの強い意志を表明するためにビックリマークを付けて命名されたということが、よくわかります。

なので、まず第7章《森のつくり方》から少し紹介いたします。この7章は下記の通り6つのブロックから構成されています。

  1. 樹を選ぶ
  2. 樹苗のつくり方
  3. 植樹地の準備
  4. 植え方
  5. マルチング
  6. 植えた後の手入れ

このなかで《2.樹苗のつくり方》と《4.植え方》にはそれぞれの作業手順を具体的に組写真で紹介しており、私みたいなビギナーにも大変わかり易くレイアウトになっています。

chap7
(上の写真右は《ポット苗の作り方》p162-163 写真左は《幼苗の植え方》p170-171)

さっそく『木を植えよ!』の第7章《森のつくり方》のなかで、特に興味深いところを順を追いながら紹介してみましょう。
1)樹を選ぶ
森をつくるにあたって、第一の基本は《それぞれの土地の条件によって潜在自然植生の主木が異なるため、土地本来の主木の樹種を選別すること》だそうです。

ここで《潜在自然植生》という聞きなれない用語が出てきました。何となく「在るべき自然のままの植物群の構成」のようなものを指した言葉のことかな、と思いますが、ウェブで検索してみると宮脇昭さんが自らお書きになったと思われる「潜在自然植生の概念と潜在自然植生図」というPDF資料が見つかりました。これを読んでみると《潜在自然植生》が大変重要なキーワードであることがわかります。以下は《潜在自然植生》について、上記資料からの引用です。

以上のような時間の流れのうえに、現存植生が、さまざまな人間の干渉下に代償群落(substitutional vegetation; Ersatzgesellschaften)におきかえられているところでは、今一切の人為的干渉を停止したとき、その立地がどのような自然植生を支え得る潜在能力をもっているかという、理論的に考え得る自然植生は現在の自然植生(today potential natural vegetation; Heutige potentiell naturliche Vegetation)と呼ばれる(Tuxen 1956, 宮脇1967,1 972a 他)。
潜在自然植生は、現存植生、原植生についで、第3の植生概念とも呼ぶことができる新しい植生概念である。現代の自然科学が現象科学として発展してきたあまり、生物社会の発展能力や立地の潜在自然植生のような、すぐに直接計量できない要因や概念については避けて通るような傾向が強かった。
しかし、自然破壊や環境破壊の事実を把握する場合にも、いわば顕在化している個々の症状から自然環境破綻の本質を見極めることがもっとも重要である。本質が見極められず、現象的な個々の汚染という症状に対しての、場当たりの対策だけでは不十分である。また最近急に言われだした緑化の問題を一つ取り上げても、その立地の潜在自然植生に対する知見がなく、あるいは調査もされないで、その時々の人間の好みによって植えられても、育成しなかったりいつまでも管理費が嵩み、十分な環境保全、自然の多様性回復に対しての役割は果たしにくい。
自然度の高い高山、離島などのような自然景観域では現存植生は、そのまま立地の原植生および現在の潜在自然植生と一致する。したがって、神奈川県下でも丹沢、大山、箱根のヤマボウシ—ブナ群集やイロハモミジ—ケヤキ群集域などで、自然植生の残されている植分では潜在自然植生の把握は容易である。
しかし、箱根や大山、丹沢のような山地にあっても古くから疎放的でも持続的に人間の干渉の加わっている、しかも自然植生の回復が容易でない山頂風衝部などでは現存の代償植生と自然植生の生育域が複雑に錯綜している。・・・・・・・(途中省略)・・・・・

神奈川県下の大部分を占める海抜700〜800m以下のヤブツバキクラス域では、人間によって植生が変化させられる以前の自然植生では、定期的に冠水する河川沿い、湿原や海岸砂丘、河口や内湾の定期的に海水や汽水に浸る塩沼地以外はほとんど冬も緑の常緑広葉樹林で被われていたと考えられる。しかも、今日なお真鶴半島、三浦半島の一部に残存しているイノデ—タブ群集、ヤブコウジ—スダジイ群集のように冬も緑の常緑広葉樹で占められていた。また秦野盆地、多摩丘陵のような内陸部の関東ロームに被われた土壌の厚い大地や斜面上にはシラカシ群集の典型亜群集とケヤキ亜群集、砂層を伴った丘陵上部や尾根部はモミ亜群集で占められていた。
これらの潜在自然植生と一致する常用広葉樹林では、高木層を形成するスダジイ、タブノキ、シラカシはもとより、亜高木層のヤブツバキ、モチノキ、ネズミモチ、シロダモなど、低木層のアオキ、ヤツデ、ヒサカキ、マンリョウ、マサキなど、さらには草本層のヤブラン、ジャノヒゲ、シュンラン、ヤブコウジ、シダ植物のベニシダ、イノデ、ヤマイタチシダなどに至までほとんど常緑植物から成り立っている。しかし、われわれが冬季にヤブツバキクラス域の山野を望むと、ほとんど地上部は落葉あるいは枯死したクヌギ、コナラ、エゴノキ、クリ、ヤマザクラなどの木本植物やクズ、カナムグラなどのツル植物、ススキ、トダシバ、シバなどの草本植物から成り立っている。夏緑(または落葉)広葉樹や《潜在自然植生》植物からなり立っている植生の多い文化景観、人間の生活域では、冬季の植生の季観(Aspekt)から、長い間の人間の干渉がいかに自然の植生の種組成や、その配分を変えてしまったかがわかる。

《潜在自然植生》についての引用がかなり長くなってしまいました。引用冒頭部は『木を植えよ!』のなかでもたびたび書かれていることを簡潔にまとめてくれていて、ここで終わるつもりでいたのですが、中段あたりから最も関心をひく神奈川県下特に丹沢の植生についての記述になったため、ここまで長くなってしまいました。実はこの後で《人間の影響とそれによってできる代償植生》という興味深い課題についても書かれています。多様な人的営為によって、もともとの自然植生も多様に変化し、現在のカタチになっていることがわかります。今、私たちが眺めている「自然」は必ずしも自然ではないのではないか?!いう新しい認識を持つこともできるという訳です。
皆様にもPDF資料潜在自然植生の概念と潜在自然植生図」の一読をおすすめする次第です。

と、ここで本筋にもどりますが、森をつくるために、その土地の潜在自然植生の主木をどんな方法で見つけるか?宮脇さんは《日本列島では、寒い冬の越し方で主木がわかる》として、次のように書かれています。

  • 主に関東以西のヤブツバキクラス域(常緑広葉樹林帯)では照葉樹林の主木は冬でも葉は緑のままであり、高木ではタブノキ、シイノキ、カシ類がそうである。
  • 北海道・信州・東北地方の山地のブナクラス域(夏緑広葉樹林帯)ではミズナラ、カシワ、ブナ、イタヤカエデなど、葉のカタチ幹で見分けがつく。

その土地の潜在自然植生の主木が決まったら、次はいよいよ種子(ドングリ)の採集と苗つくりになります。(続く)
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