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鎮守の森と丹沢の植生

直近の、私の実力不足のために1回で済むものをダラダラと5回にも及んでしまいシリーズ化してしまった《神奈川に残る鎮守の森》後半は東丹沢の麓に点在する5つの社寺林について紹介してきましたが、このシリーズでもっぱら引用させてもらっている宮脇さんたちの報告書が作成されたのは1970年代ですから、それから40年近く経った今日では実際の植生の状態も、そして植生に及ぼす環境も様変わりしていると思われます。このあたりの変化を、これもたびたび他のページで利用させていただいている2007年に作られた《丹沢大山総合調査学術報告書》のなかから、拾い出してみます。

まず植生にダメージを与えているシカの食害から。特に東丹沢で大きな課題になっています。伊勢原市の日向薬師の近辺の状況について、2007年報告書では以下のように記述しています。

日向山山頂付近の南向き尾根斜面(伊勢原市、海抜380m)には高木層にウラジロガシ、アカガシ、モミの混生したスダジイ優占林が生育している。このスダジイ林はヤブコウジ—スダジイ群集にまとめられた。調査林分は植生高18〜20m、高木層から草本層までの4層からなり、スダジイ、シロダモなどのヤブツバキクラスの常緑植物を主体に15〜17種が出現する。林内の低木層、草本層はそれぞれ10〜20%、1%のまばらな植被からなり、シキミ、ヒイラギ、テイカカズラ、キヅタ、ホウライカズラ、タブノキなどのヤブツバキクラスの常緑植物が優先度+〜1で生育する。日向山の林分はシカによる喫食、踏み付けなどの影響で低木層・草木層が貧化した退行相と判定される。林内では表土土壌の浸食・流出が懸念されるため、今後の動態を注視し、植生・立地の保全を検討する必要がある。
丹沢山地とその県内周辺では、本報の日向山のほか、大井町(海抜100m付近)に本群集の記録(神奈川県教育委員会、1972 )がある。日向山の調査林分は、本群集域の上限(より高海抜側に分布するサカキ—ウラジロガシ群集域との境界域)に位置する数少ないスダジイ林として学術的に重要である。(上記報告書「丹沢大山の植生—シカの影響下の植物群落)」p19)

標高404mの日向山の南斜面380m付近のスダジイ林について、「シカによる喫食、踏み付けなどの影響で低木層・草木層が貧化した退行相」であると報告されています。さらに南に標高が180m下がった所にある日向薬師の社寺林も「県下でも有数」と形容されるほどのスダジイ林であるため、ここがゴルフコースに囲まれてしまっているとはいえ、シカの食害の影響が大変心配になります。

上記報告書でも触れているように、およそ標高400mを境にして、それまでのヤブコウジ—スダジイ群集に替わり、それ以上の高標高域(400〜800m前後)ではサカキ—ウラジロガシ群集が分布しています。丹沢の麓の5つの社寺林の一つ大山寺は520mという取り上げた5つの中では最高域にあり、その植生もサカキ—ウラジロガシ群集の一種であるシキミ—モミ群(モミ亜群集)のまとまった林分を持っていますが、この付近でのシカの影響はどうなのでしょうか。もう一度報告書からの抜粋です。

サカキ-ウラジロガシ群集
ウラジロガシ、アカガシ、ツクバネガシ、モミを主体とする常緑広葉樹林。調査資料は海抜 435 ~ 985m から得られている。調査林分は植生高 13 ~ 35m、高木層から草本層までの 4 層からなり、ウラジロガシ、アカガシ、モミ、シキミ、ヒイラギなどのヤブツバキクラスの常緑植物を主体に計 20 ~ 39 種が出現する。林内の低木層、草本層はそれぞれ 10 ~ 30%、5 ~ 30%のまばらな植被で、シキミ、カヤ、ウラジロガシ、テイカカズラ、スズダケ、アセビ、ヒメカンスゲなどの常緑植物などが優占度 + ~ 3 で生育する。サカキ-ウラジロガシ群集は今回の調査では、下位単位として、コカンスゲ、ノササゲ、シュンランなどを区分種とするシュンラン亜群集とモミ、イヌシデ、キッコウハグマ、キブシを区分種とするモミ亜群集が区分された。シュンラン亜群集はアカガシ、ツクバネガシの優占林で、崩壊を伴わない安定した山地中庸~尾根斜面などに生育する。モミ亜群集はモミの優占林で、シカによる過度の喫食圧がかかる東丹沢の林分がまとめられた。このモミ亜群集では、シカによる喫食、踏み付けの痕跡、 シカの嗜好性の低いシキミやアセビの増加、嗜好性の高いスズダケの退行が確認される。

 現在、丹沢山地で見られるサカキ-ウラジロガシ群集は、札掛や大山南面などの比較的まとまりのある林分を除き、急傾斜地の残存林であることが多い。シカの影響により下層植生の退行した林分では表層土壌の浸食・流出が懸念されるため、今後の動態に注視する必要がある。

本群集は、海抜 700 ~ 800m 以下の山地中庸~尾根斜面を生育域とする、丹沢山地ヤブツバキクラスの中核をなす植生タイプであるが、 現在その生育域はほとんどがスギ・ヒノキ植林に置き換えられている。残存林としては、布川、本谷川、大洞沢、境沢流域、札掛の学術考証林(清川村) (図 3) および大山南斜面(伊勢原市)に発達した林分が認められる他は、 断片的なものが多い。今回大山南斜面で調査された海抜 900 ~ 1,000m の南向き尾根斜面に成立したアカガシ優占林(一部モミが混生) は県内ヤブツバキクラス域の上限に位置する極相林の一タイプと判定される。このようなアカガシ優占林はしばしばブナクラスの夏緑広葉樹を多く伴うことから、 組成的にコカンスゲ-ツガ群集などのブナクラス植生の下位単位として扱われることもある。本報告ではサカキ-ウラジロガシ群集に含められた。(上記報告書「丹沢大山の植生—シカの影響下の植物群落)」p19-22)

このように、その育成域のほとんどがスギ・ヒノキ植林に置き換えられてしまった感のあるサカキ—ウラジロガシ群集のなかで、数少ないまとまりのある植分が標高520mの大山寺の社寺林を含む大山南斜面にあるようですが、ここでもシカの影響が指摘されています。

図:丹沢山塊のシカの生息域と対策
シカ分布上の図は以前《丹沢の病い5/10=シカの食害》で使ったものですが、この図を見ると丹沢山・塔ノ岳を囲む赤黒で塗られた地域(個体数調整強化地域)と大山を北限として南東斜面に拡がる地域の濃いグレイの地域(生息環境整備モデル地域)がより問題が深刻のようです。

では、これらの地域での対策とはどんなものでしょうか。神奈川県の指針によると「土地利用や被害等の状況に応じて自然植生回復地域、生息環境管理地域、被害防除対策地域の3つの地域にゾーニング」した上で、以下のようなレポートを出しています。

自然植生回復地域は丹沢大山国定公園特別保護地区に該当する地域で、ここではシカの生息密度を低減し、林床植生を早急に回復させることが目標として設定され、個体数調整の実施、植生保護柵の集中設置等が実施されている。
生息環境管理地域は、丹沢大山国定公園及び県立丹沢大山自然公園の特別地域に該当する地域で、この地域がニホンジカの主な生息域として位置付けられ、植生とのバランスを保ちつつニホンジカ個体群を安定的に存続させることが目標にとして設定され、森林整備による生息環境整備、生息環境管理地域におけるモデル区域の設定・検証等が実施(上記指針p110)

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