前回に続いて《公園の樹木名を推理してみる》その2を試みてみました。今回は主に亜高木や低木を狙っての観察になります。そこですぐに見つかったのが、ツバキの木々。
写真右のbは樹のプレートに《タチカンツバキ》とありましたが、おそらくカンツバキの仲間なのでしょう。日本に自生するサザンカとツバキを交雑したものをカンツバキと呼んでいるようです。
そして、写真aは照葉樹林の代表的な樹木の一つであるヤブツバキ。潜在自然植生の学習の最初に出てくる《ヤブツバキクラス》とは、関東地方だと標高700〜800mまでの低域に植生する常緑広葉樹林のことを指す言葉です。この備忘録の一日目にもこの言葉が記されているように、業界のキーワードでもあります。ここで、もう一度《ヤブツバキクラス》の意味とその周辺を宮脇さんの著作の中から抜き出してみましょう。
古くから水田が作られてきた常緑広葉樹林帯を「ヤブツバキクラス域」と名づけています。土地本来の森である照葉樹林の構成種として、どこにでも生育しているヤブツバキから、その名がつけられました。ヤブツバキクラス域は、関東以西では海岸から海抜800メートルまでの範囲です。
驚くかもしれませんが、今われわれが生活している町や村に、原生林と規定できる土地本来の真の自然林はまったくありません。すべての照葉樹林帯つまりヤブツバキクラス域の自然林は、二千年来の稲作文化をはじめ、最近の急速で大規模な自然開発などでさまざまな人間活動の影響を受けて、しだいに破壊され、変形あるいは消滅しています。定期的に耕作する田畑には耕作地雑草群落、農道沿いやグランド周辺には踏み跡群落としてオオバコ群落が繁茂しています。
しかし、まだ残されている社寺林や、川沿い、道沿いの急斜面、崖っぷちなどあまり人が近寄らないところ、たとえば都内では世田谷区の等々力渓谷などの急斜面を覗いてみると、土地本来の森に近い樹木が、わずかですが残っています。
関東地方以西の内陸部の「潜在自然植生」は、スダジイ、コジイ、タブノキやウラジロガシ、アカガシなどのカシ類とそれを支えるシロダモ、ヤブツバキ、モチノキ、カクレミノなどの亜高木、低木ではアオキ、ヒサカキ、ヤツデ、草本層にはヤブラン、キヅタ、ベニシダ、イタチシダなどからなる多層群落の樹林です。
関東以西にあるクヌギやコナラを主とした落葉樹の雑木林や中国地方、四国、九州などのアベマキ、コナラ林もよく調べると、その土地本来の潜在自然植生の主木であるカシ類の幼木やそれを支えるヒサカキ、モチノキ、シロダモなどが見られます。
これらは、土地本来のヤブツバキクラス域の自然林が人間によって破壊されたものの、なんとか全滅を免れて残っている自然の森のなごりともいえます。したがって、その残存木や小樹林の構成種群はヤブツバキクラス域を特徴づける「標徴種群」ともいえるわけです。
日本人の主な生活域は、各地で発掘されている住居跡からも分かるように、稲作を伴う定住生活を始めたころから、ヤブツバキクラス域、すなわち照葉樹林域であったことがわかります。今日では一億二千万人の人口の92.8%がこの地域に定住しています。国内には人口五十万人以上の年が二十七ありますが、ミズナラ、イタヤカエデなどの落葉広葉樹林帯に位置しているのは札幌だけで、あとの二十六都市はヤブツバキクラス域にあります。ヤブツバキクラス域こそ現代の日本人の主なふるさとであり、今日なお日本人の大多数がその地域に住んでいるのです。将来も安定して住み続けていくためには、このヤブツバキクラス域の植物群落の正しい理解が最も重要な前提となります。(宮脇昭著『木を植えよ!』第五章 日本人と森 p110-111 新潮選書)
以上、例によって引用が長くなってしまいましたが、ここで語られている内容はヤブツバキクラスという樹木についてだけではなく、植生の宇宙にまで達しているような深みのある文章です。次に引用文の最後につけた下線部の言葉に導かれるように、ヤブツバキクラス域の主な植物群集群落について、関東地方に残存する主なものを調べてみると、左のようになります。
左にあるこれら5つの群集・群落のなかでも丹沢山系で頻繁に出てくるのが《モミ—シキミ群集》、《シラカシ群集》、《ヤブコウジ—スダジイ群集》ですが、残念ながらそれぞれ代償植生に囲まれて、わずかに残っているだけのようです。
以上、ヤブツバキとそれにまつわることについて時間をとってしまいましたが、公園の樹木調査に戻ることにしましょう。下の写真は樹木にネームプレートが付いていたものだけを選んで撮影したものです。
c )イロハモミジ:
ヤブツバキクラス域自然植生>落葉広葉樹林>ケヤキ群落>イロハモミジ—ケヤキ群集の構成樹木(落葉高木)。本州以南の平地〜標高1,000mにかけての低地に生育。花期は春(4〜5月)、果実は風に乗って飛散する翼果、夏から初秋にかけて熟すと風で飛ばされる。
d )ケヤキ:
主に東北や北陸といった少し寒い地域のヤブツバキクラス域自然植生>落葉広葉樹林 >ケヤキ群落として見ることができる(落葉高木)。高さ20〜25mの大木にもなる。鋸歯は曲線的には先に向かう特徴的な形をしている。雌雄同株で雌雄異花、花は4〜5月頃の葉が出る前に開花する。また秋の紅葉が美しく、個体によって色が異なり、赤や黄色に紅葉する。帚を逆さにしたような受刑も美しく、地方自治体のシンボルにもなっている。
e)コブシ:
モクレン科モクレン属(落葉高木)。果実は集合果で、握りこぶし状のデコボコがある。この果実の形状が名前の由来となっている。3〜5月にかけて美しい純白の花を咲かせる。
f )シラカシ:
前回の公園でも見つけました。この時の写真と較べると、少し葉のカタチが違うような気がしましたが、この程度のことは気にすることがないのでしょうか。ヤブツバキクラス 域自然 植生>常緑広葉樹林 >シラカシ群集(常緑高木)
以上、シラカシを除いてすべて落葉広葉樹の、公園に適した人の目を楽しませてくれるような樹木ですが、ヤブツバキクラス域の潜在自然植生のリストには見かけないものです。リスト外のものを植えたりすると、はたして問題が起こるのでしょうか。