今から40年ほどになる1970年代に、宮脇昭さんが神奈川県下199の社寺林の植生を調べたことがあります。これらの中から《鎮守の森》としての生態系が維持されていると認められた40の社寺林について、詳しい報告が挙げられました。
5回にわたって書き溜めた《神奈川に残る鎮守の森》備忘録をアップして以来、宮脇さんが調査した社寺林の現在の姿はどうなっているのかを、植生の目利きができるようになり次第、すぐにでも現場を訪れてこの目で確かめてみたいものだと思っていたのですが、大山ケーブルの車両が新しくなったのを機に、まだまだ未修行のため樹種の判定もままならない身分でありながら「まっ、いいか」と大山阿夫利神社に登ったついでに、近くにある大山寺(宮脇さんは大山不動尊と表記しています)とその《鎮守の森》を覗いてきました。今回はそのビギナーズ・レポートという訳です。
まずは、最初に1970年代の頃、大山寺の《鎮守の森》の植生調査の詳細を伝える宮脇さんの報告(の抜粋)から見てみることにしましょう。
大山不動尊は阿夫利神社下社への登山道の中途にある。北側にはケーブルの軌道が通り、南側には林道が続いている。大山不動尊は小さな沢の両側に約4haの森林をもっている。沢沿いにはケヤキがめだつ混合林があり、一部にはスギも植えられている。ケヤキ林にはウラジロガシ、アラカシなどが混生している。高木層にはケヤキ、アラカシ、ウラジロガシなどが飼育し、低木層にはアオキが高い被度で繁茂していることが特徴である。この林分はアラカシ—ウラジロガシ群落とされる。県の内陸部で急傾斜地の露岩の見られる立地を中心に生育域をもつ群落である。
またケーブルの軌道との間にある小さな尾根にモミの優占する林分がある。この林分は種組成的にシキミ—モミ群集とされる。これとほぼ同じ群落は林道上の尾根地にも見られる。大山は雷山のモミ原生林がすでに県の天然記念物に指定されているが、大山寺のシキミ—モミ群集は海抜520mあたりにあって県内でも最も低海抜地に生育する群落である。 これの群落は35°から45°ときわめて急な傾斜面にあり、諸所に母岩が露出している。そのわずかなすき間にたまった崩積土砂を母材とした褐色森林土壌の上にモミなどが生育している。岩質はもろく、たえず崩壊がくりかえされている。これらの林内をぬって登山道(女坂)がつけられている。さらに林道はこの林のすぐ上の阿夫利トンネルまで通じている。現在ハイカーの増加によって、シキミ—モミ群集の林床を一部荒廃させている。さらに林道が延長されることによって、これらの自然林は、大幅な変容を受けることが予想される。今のうちに保全の手を打つことが強く望まれる(調査結果p135)
このように、今から40年ほど前ですが、ヒトの侵食による植生の荒廃を危惧する文章で終わっています。現在の様子はどうなっているのでしょうか。写真を並べてみながら、見ていくことにします。写真の撮影場所または被写地がわかりやすいよう、google map上に写真番号を配置してみました。ご参考にしてください。
01)車両が新しくなり、天窓まで付けて顧客サービスの向上に取り組む大山ケーブル(写真上)
その開放的な天窓を通して撮った相模湾まで望めるパノラマ風景(写真下)
02)阿夫利神社下社から東に位置する雷(いかずち)山方面を望む。
整然と並ぶ杉林の上部は綺麗に伐採され、さっそく次の世代の苗木が植樹されているようにも見える。
03)阿夫利神社下社を囲む森は、常緑広葉樹+夏季広葉樹+針葉樹の混合林を形作っている。
大山ケーブルと阿夫利神社下社の次は、いよいよ大山寺にカメラを向けてみます。
04)大山寺から西側を望む。急峻な斜面に生い繁るケヤキなどの夏季広葉樹はまだ10月の初頭にもかかわらず、
一部葉が色づき始めている。ケヤキを主木とするこの混合林には40年前のレポートにもあるように
ウラジロガシ、アラカシなど常緑広葉樹が混生しているようで、緑色の木々も多く見られる。
05)大山寺の参道近辺。アオキなどの低木層に囲まれて、
スギやケヤキ、アラカシ、ウラジロガシと思われる針広混合林が迫ってきた。
06-1)大山寺の参道の周りは、自然林の跡形もなく、カエデなどの落葉低木が人工的に並べられている。
06-2)阿夫利神社本社へと続く登山道(女坂)。鬱蒼とした樹木が続く森の中というよりは、
明るい空が拡がる気持ちがいいハイキングコースという印象である。
これも40年前に宮脇さんが危惧した「ヒトの侵食による植生の荒廃」のひとつの表れなのか?
(この稿未完)