今回の備忘録は、神奈川県民の一人として神奈川の森林のことを教科書的に知識として頭の中に入れておくことも決して無駄ではないと思い、県のパンフレット《神奈川県の森林・林業》から該当する箇所を模写しながら、その全体像を把握しておこうとするものです。
県全体の面積は全国47都道府県の中で43番目と意外と小さく、その小さい面積に全国でも第2位の人口を抱えこんでいるのが実情です。なので、山の裾野まで住居域が拡ってしまったためか、県の土地面積を森林面積で割った林野率も39%と、全国平均66%を大きく割り込んで42位に甘んじているそうです。そんな恵まれない森林環境にありながら、おそらく神奈川県の北西部に横たわる丹沢大山山系というシンボリックな山々のおかげだと思うのですが、その西方に位置する箱根とともに、何とはなしに、手軽に楽しめるいろんな山の豊かな自然のすぐ近くに私たち神奈川県民は住んでいるという、幸せなイメージを持つことができているような気がします。
以下、小学校社会科の教科書のような内容になりますが、私たちに幸せなイメージをあたえてくれる神奈川県の森林環境の中身は一体どうなっているのか?データを具体的に取り上げてみます。
県面積の4割が森林、農地は1割未満。
上の円グラフ左は、神奈川県の土地利用を示したもの。面積の約4割を森林が占め、宅地が3割弱、農用地は1割にも満たないという大都市圏を抱える都道府県に特有の構成になっています。また、右側の県の森林の所有内訳を表したグラフを見ると、私有林が5割強で最も多く国有林の約1割を合わせると全体の2/3を占め、残りの1/3が公有林という内訳になります。そして公有林のそのほとんどを県有林が、財産区有林と市町村有林が残りのそれぞれ(神奈川県森林面積全体の)3〜4%ほどの割合で構成されています。
これらの数字は現在のものなので、戦前・戦後を通してどのように推移してきたのかを知りたいところです。
森林の9割を占める民有林の林相比は、天然林:人口林=広葉樹林:針葉樹林=6:4。
次に県の民有林の林相内訳を見てみます。本来であれば、民有林を公有林と私有林とに分けた細かな数字も欲しいところですが、とりあえずパンフレットに掲載されている民有林全体をまとめたものを表示してみます。
左が、民有林の林相別面積構成を表したグラフです。
民有林とは国有林以外の公有林(これには県有林、市町村有林、財産区有林の3つが含まれます)および会社や個人、寺社などが所有する私有林を合わせたもので、森林といえば、区分的にはほとんどこの民有林になります。
また、これらの民有林は天然林と人工林に大別され、それぞれの林相は、天然林であればその植生は広葉樹、人工林だと真っ直ぐに伸び、成長も早いスギやヒノキなどの針葉樹ということになります。神奈川県の場合はこの2つの林相の比率が6:4になっており、天然林の面積の方が少し広いのですが、木材を切り出し、運搬可能な林道まで運び出すには不便だったり採算が取れそうにもない山奥や急峻な谷間には、まだまだ人の手が届かない多くの天然林が残っているということでしょうか。
そして天然林:人工林=6:4という比率は、他県でもそう変わらないのかどうか、大変興味深いところでもあります。
すでに伐採時期を迎えてしまった?神奈川県の森林資源
最後に、この備忘録のタイトルの一部となっている森林資源としての人工林(針葉樹林)の今を見てみましょう。
上の二種類のグラフは2013年時点での人工林の林齢別の総植生面積(左)と1990年と2013年の人工林の立木の材積を表す蓄積量の差異(右)を表したもの。冒頭のグラフで民有林には公有・私有を合わせると、人工林としての針葉樹の森が4割近くあることがわかりましたが、この左のグラフからは、人工林の約2/3の林齢は50年を超えていることがわかります。一般にスギやヒノキなどの針葉樹の商品としての価値は林齢50年〜と言われていることからすると、多くの針葉樹林では、まさに今が木材としての伐採時期か、それを過ぎている?ということになります。
一方で、人工林の面積とは別に、人工林の蓄積の推移も右のグラフからわかります。右のグラフによると、1990年から2013年の23年間に人工林の蓄積量(㎥)が2倍ほどに増加しており、特に林齢71年以上の蓄積は6.2倍に、林齢51〜70年のものは7.6倍と大幅に増加。伐採適齢期になったスギやヒノキが切り出されないままになっている可能性が見て取れます。ここから、人工林の生育に不可欠と言われている下草刈り—枝打ち—間伐—除伐など一連の適正管理が確実に続けられているのかが、心配になってきます。
人工林の管理が放棄されると林床の劣化を招き、土壌の微生物を含めた生態系が育む多様な機能もなくなり、森そのものの破壊が始まることになります。この可能性を示唆しているのが、下のグラフです。
グラフの左サイドは樹種別の植生面積の比較を表しており、広葉樹林が全体の60%を、残りの40%をスギやヒノキなどの針葉樹林で分け合っているのがわかります。そして、グラフの右サイドの樹種別のそれぞれの立木の材積を表す蓄積比較に目を移すと、面積比では60%を占めていた広葉樹が蓄積比になると36%と大きく低下し、替わって増加しているのが針葉樹林です。樹種の面積と蓄積との相関を単純に論じることはできませんが、この逆転は少なくとも針葉樹が伐採されないままに巨木化している可能性を示しており、先ほども指摘したように、針葉樹林の環境保全に欠かせない一連の管理作業がしっかりと行われているのか、詳しく知りたいところです。
ところで、宮脇昭さんは人工林のようなモノカルチャ(画一的な単層群落)について、彼の著作の中でゴルフ場の芝生を例にとりながら、次のように語っています。
現実には、単一の種類だけが広い範囲で生育しているところは地球上にはない。ゴルフ場のシバ社会でも、よく調査すると人為管理下に育成しているノシバ、コウライシバも70%あれば良い方で、30%ぐらいはシバと同じような生活形を有する草が占めている。いずれも成長点が地際にあるために刈られても地下部は枯死しない。例えば冬であればスズメノカタビラ、あまり人に踏まれないところであればツユクサ、ハコベ、ホトケノザ、ノミノフスマ、よく踏まれるところではオオバコ、春から夏にかけてはピンクの花が咲くネジバナ、カゼクサ、ニワホコリ、アキメヒシバなどが混生しているのが実はシバ社会である。それをシバ以外のものを全部排除した単層群落にしようとすると、殺虫剤、殺草剤、殺菌剤、いわば農薬の毒物の弾幕の中でしか維持できない。
単層群落というのは極めて不安定であり、高山、高層湿原、海岸砂丘のような厳しい自然環境か、極めて高度で集約的な人為的管理下でない限り、持続できないのである。
(宮脇昭著『鎮守の森』新潮文庫版 2007年 p81-82)
宮脇さんの言う《単層群落というのは極めて不安定であり・・・・高度で集約的な人為的管理下でない限り、持続できない》ものとして人工林を位置付ける視点を失わないことが求められています。つまり、人工林を管理できなくなった時の方策を見つけておくことが課題になります。