森林・林業白書と百年の計

林野庁の《森林・林業白書》2015年度版が公表されました。主に日本の林業の行く末を案じながら森林保全の現状とその施策を総合的に論じたものになっています。私の関心は樹木の成熟を50〜100年とすると、日本の森林政策50年の計、100年後の姿をこの《森林・林業白書》の中で発見することにあったのですが、どうやらそんなビジョンは、この中には見つけることができないようです。なので、直近の十年後の森林・林業がどうなってしまうのかさえ、大変心配になってしまったというのが、正直な感想です。

ところで、話は少し飛んで新聞によると、日本の会社数の実に97%を占め、全勤労者の約7割の人々がそこで働く、日本経済を下から支えてもしてきた中小企業が十年後には消滅の危機にあるという記事が載っていました。中小企業の経営者の平均年齢がすでに70歳を超えており、あと十年もすると、後継者が見つからないままにリタイアしてしまうのでは!?という訳です。今、彼ら社長達を支えている次代の人々も、ボスの労苦をずっと目の当たりにしてきたために、なかなかバトンを受け取ってくれないということなのでしょうか。

 もっとも(さらに話しは変わりますが)今から十年ほど前に盛んに叫ばれていたことの一つに、日本の農業は後継者不足でこのままだと十年後は危ないというものがありました。確かに、新しいチャレンジが断片的に試みられているとはいえ、産業としての農業の衰えは続いており、国境を超えてますますモノやサービスが行き交うようになった近頃の世界のなかで、その前途は決して明るいとは言えません。また日本人の食生活の変化にもついていけず、食料自給率も徐々に下がってはいるのですが、それでもスーパーに行けば、made in japan の生鮮品を手にすることもできて、あれから十年後を迎えてしまった農業の今ここにある危機は、冒頭の《森林・林業白書》での林業それと比べてみる限りでは、まだまだノリシロがだいぶ残っているようにも思えます。

このように同じ十年後の危機と言っても、中小企業も林業、農業も抱える中身はそれぞれですが、問題は特に林業の場合、多くの山林所有者が、伐期に達した立派なスギやヒノキの山林はあっても、主伐を行う予定はないと苦渋の選択を迫られているように、林業という業界が危機に陥っても、森林はなくなってくれずに成長し続けるというパラドックスにあると思われます。

農業も、耕作を止めると休耕地が草地になってしまうだけですが、それ以上に林業と農業では、衰え方に緩急差があるような気がします。かつての最盛期にはgdpの3%ほどを占めていた日本の林業も、白書によると、今日では木材出荷額は(同じ林業にくくられている)シイタケの生産額と同程度にまで落ち込んでいるのだそうです。ここは一つ日本の森林・林業の目標を設け、将来像を具体的に思い描くことで、その実現に向けての施策が早急に必要なのかもしれません。

他方、地方自治体レベルに目を移してみると、例えば神奈川県では2006年に作成された《神奈川県森林再生50年構想》のなかで、50年後の2056年に県の目指す森林構成を下図のように表しています。この図によると、森林全体の4割近くを占める人工林は、現在は8割ほどが手入れ不足により荒廃していますが、50年後にはその半分を混交林に替え、残りの半分を木材資源を生み出す持続可能な人工林にすることで、 人工林全体を縮小しながら、健全な森林に再生することを目指すなど、具体的な数値目標を掲げ、その実現に向けた50年間の施策を展開しようとしています。

50年後の姿

つまり神奈川県は、現在の人工林すべてを救出し、持続可能な健全な森にすることは諦めているようです。このまま残して木材生産用に維持する人工林は今の半分だけで、あとの半分は混交林化するとしています。この判断は、木材市場での国産材が需要の3割の水準でしか推移していないことを考えると、現実的な施策ではないでしょうか。

また、県下の森林の6割を占める広葉樹林は、50年後も広葉樹林のまま健全化を目指すという極めて常識的なものとなっています。ただ先月の備忘録《広葉樹林整備マニュアルを読む》シリーズでも触れたように、潜在自然植生の老学徒の立場からすると、神奈川県の広葉樹林保全・再生についての基本姿勢には疑問符付いてしまうところがあるのですが、国よりも一歩先を行く課題解決型の姿勢には大きな拍手を送りたいと思っています。

(続く)

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