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《潜在自然植生》を語る言葉たち

《潜在自然植生》の全体像を追い求めて来たこの2年余りの間、書き続けてきた備忘録を眺めていて気づくことは、このなかには時々、何が原因でこんな自分で自分の首を絞めるようなことを考えようとしたのか、今となっては理解に苦しむようなタイトルが少なからず並んでいることです。しかも、その大部分は自分が書いたことさえすっかり忘れてしまっていることを白状しなければなりません。これらの中には、付けたお題が猛々しい割には、その中身はと言えば、なんとも稚拙なレベルに終始しており、私の赤面は行ったり来たりするばかりですが、ここで自戒の念を込めて、参考までに恥を偲びながらそれらをいくつか挙げてみると、

 大山地域で植樹事業を試みる
 木を植える!事業計画を考える
 《潜在自然植生の森》プレゼンテーション
 《潜在自然植生》の森のカタログを作る

などなど、立派なタイトルが並んでいます。もちろん、内容はどれもが中途であっさり中断&挫折しており、その無謀とも言える試みの困難性を深く受け止めて反省する様子もなく、都合の悪いことは忘れてしまうに限るとばかりに、まるで何事もなかったようにトットと次のテーマに移っているようです。

と、ここまでは私の反省点ですが、それでは備忘録にアップしたものを次々と端から順に忘れてしまったのかといえば、なかには何時までも心に残るものもあり、今日はその印象深い森についての言葉たちを取り上げてみることにします。

森のなかにいると、こんな言葉も自然に出てくるのでしょうか。

森の言葉

この上の5行は、明治神宮の宮司さんと思われる方が、tv番組の中で神宮の森について語ったことをほぼそのままに写し取ったもの。とりわけ、最初の2行が冴えています。

《森は肥料も与えず、手入れもしないのに、実が落ちて、そこに次の世代の木が生まれる。》

神宮の森が《肥料も与えず、手入れもしないのに》成長し続けるその訳は、今では70%以上がこの地方の《潜在自然植生》である常緑広葉樹林で構成されているからですが、これが針葉樹の人工林であったり、クヌギやコナラなど雑木林というような《代償植生》であれば、必ずヒトの管理が必要になると言われています。が、それ以上にこの最初の2行には、実は壮大な装置である地球を循環するすべての生態系の始源のことが隠されているようです。

つい先日も備忘録のなかで《植物が作る有機物によって、すべての生物は生き延びることができる》という複雑な図とも表とも見えるようなものを掲載したことがあるのですが、今回は「ちくま少年図書館」というシリーズ書籍のなかの一冊『森のめぐみ』から生態系の始源に関する部分を抜粋してみます。

地球上に生存しているすべての生物のからだは、「有機物質」で構成されている。植物はその有機物質をみずから造りだしている巨大な”製造工場”である。なぜならば、植物の葉緑素は空気中の炭酸ガスと、地中から吸い上げた水分や無機質の養分とを、日光のエネルギーによって同化合成して、炭水化物という形で有機物質を製造しているからである。

植物の有機物は、自分自身を成長させている一方、葉や樹液や果実や根などが昆虫や小動物の食物となり、彼らのからだを構成する有機物質となる。さらに、昆虫や小動物のからだは、それらを捕食する動物たちのからだを構成する有機物となるわけだ。

このような、植物の炭酸同化作用のおかげで、地球上の有機物が、つまり地球上の生命が、維持され、生長しているのである。(『森のめぐみ』p13 山本学治著 筑摩書房 1975年)

この本は、日本人と材料としての木の長くて深い関わり合いの歴史を小中学生向けに書かれたもので、森の生態系をテーマにしたものではなく、また1975年という今から40年以上前の刊行物であるため、光合成を《炭酸同化作用》と表すなど用語も古く感じられますが、神宮の森が《肥料も与えず、手入れもしないのに》成長し続けるその理由を大変わかりやすく説明してくれる文章であることから、引用してみました。

一言だけ『森のめぐみ』の文章中の《地中から吸い上げた水分や無機質の養分》を補足すると、有機物だけでなく、この無機質(ミネラル)も実は森の土壌で作られているものです。その仕組みを簡単に言えば、次のようになります。(以下は、前々回の備忘録からそのまま抜粋したものになります。一見立派な手抜きのようにも思われそうですが、大事な事柄は何度も繰り返し学び写し取ることで、何とか身に付けるようにするのが、凡庸な私の手法です。)

  1. 落ち葉など枯死した植物をはじめ動物の死骸・排泄物は、地中に棲むワムシ・アリ・ミミズ・ダニ・ダンゴムシなどの土壌動物群によって取り込まれ、有機物に分解される。
  2. さらに、カビ・バクテリアなどの無数の微生物群によって、有機物は無機質(ミネラル)に還元される。
  3. これら有機物や無機質(ミネラル)を作り出す土壌動物群や無数の微生物群が生き栄えることができるのはたえず落ち葉など枯死した植物を供給してくれる森があるからである。
  4. こうして土壌の養分が豊かな森の樹木はますます成長し、これに伴って土壌中の生物もますます栄えることになる。つまり森の全体の生態系は、ますます豊かになるという訳である。

上記の連環した4つの項目が理解できると、神宮の森が私たちに見せてくれる現象《おじいちゃん、おばあちゃんの木があって、おとうさんやおかあさん、兄弟たちと、親から子、孫へと木々はつながり、ますます森となって行く。》ことの謎も解けることになります。

さらに付け加えると、森で作られる有機物や無機質(ミネラル)は森の成長を促し、森の豊かな生態系を育むだけではありません。それは、地上の生き物すべてに関わることになる《巨大な製造工場》としての役割を果たしています。

  1. 雨に溶けた有機物・無機質(ミネラル)は、最初に森の植物の栄養素となり森の成長を促す
  2. 森から流れ出た豊富な養分を含む水は、川となり、土砂を運び、肥沃な土壌を供給する
  3. 海へと流れ込む水の養分は植物プランクトンの餌となり、連鎖する海の生態系を支える

ここまで話が進んでくると、地上のすべての生き物が生きながらえることを可能にした植物、とりわけそれらが密集する山々に拡がる森の恩恵に改めて気づかされてしまうという訳です。

自然植生—代償植生—潜在自然植生の連関図が教えてくれる私たちが今、目にする緑。

今になって思えば、かれこれ10年以上も前から丹沢の山の荒れ方が漠然とながら気にはなっていた頃、新聞や雑誌などで売れなくなり管理も十分にはできなくなった人工林に大きな原因があることを知り、その後偶然に《潜在自然植生》という概念があること宮脇昭さんの著作で見つけたのが2年前になります。そこで驚いたことの一つに「昔からその土地に自然にあった植生は、今ではほとんど姿を消しており、いわゆる鎮守の杜と呼ばれる社寺林のような限られた所にわずかにしか残っていない。」とたびたび宮脇さんが語っていることです。

そして、丹沢・大山山系にしてもそれが例外ではないことは、宮脇さんが1970年代初頭には作成したと思われ、今はネット上に公開しているpdf資料にある次の文章が明らかにしてくれます。

しかし,われわれが冬季にヤブツバキクラス域の山野を望むと、ほとんど地上部は落葉あるいは枯死したクヌギ、コナラ、エゴノキ、クリ、ヤマザクラなどの木本植物やクズ、カナムグラなどのツル植物、ススキ、トダシバ、シバなどの草本植物から成り立っている。夏緑(または落葉)広葉樹や夏緑植物からなり立っている植生の多い文化景観、人間の生活域では、冬季の植生の季観(Aspekt)から、長い聞の人間の干渉がいかに自然の植生の種組成や、その配分を変えてしまったかがわかる。(pdf資料『潜在自然植生の概念と潜在自然植生図』p30)

このように、私たちの眼前に拡がる景観は、そのほとんどが《代償植生》であるとすれば、それらはどのようなヒトの干渉によって出来上がったものなのでしょうか。

代償植生

この《カシ林域に対する人間に影響とそれによってできる代償植生》概念図は上記の宮脇さんpdf資料中にあるものです。これを見ると、実に多くの代償植生が周囲にできていることがわかります。と言うよりも、周りの緑は見渡す限り、代償植生に覆われているのが実情でしょうか。そして、かつての縄文時代の頃に遡ると関東地方に圧倒的な勢いで拡がっていたと思われる自然植生=常緑広葉樹林の名残が、社寺林に見られるという訳です。

ところが、その社寺林=鎮守の森もヒトの手が加えられており、特に神奈川県のような多くの人口を抱え、急激な都市化が進んだ地域では社寺林もまた急激に減少していると、宮脇さんは次のように指摘しています。

鎮守の森今、その土地本来のふるさとの木によるふるさとの森、鎮守の森がどのくらい残っているか。私の住んでいる神奈川県は、全国のわずか百五〇分の一ほ どの狭い県土に人工は八八〇万人を突破している(二〇〇七年一月現在)。横浜市はおよそ三六〇万人(二〇〇六年九月現在)。人間が増えることがその県や市 の発展だとすれば、東京に次いで発展していることになる。しかしそれと反比例するように鎮守の森は激減している。私たちが神奈川県教育委員会の依頼で一九 七〇年代に現地調査した結果では、すでに高木、亜高木、低木、下草がそろった、すなわち最低限の森の生態系が維持されているよう な鎮守の森は、たった四〇であった。かつては二八五〇あった鎮守の森が、戦後わずか三〇年たらずで激減したのである。(『鎮守の森』新潮文庫版 p19-20)

(この稿未完)

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