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宮脇昭編著《神奈川県の潜在自然植生》1976

この数年の間、手に入れることはなかば諦めかけていた、かつて宮脇昭さんが編纂された幻の名著《神奈川県の潜在自然植生》(1976年 神奈川県教育委員会刊  非売品)を新年早々古書店で見つけてきました。なにぶん、今から40年ほど昔に印刷され、製本されたものであるだけに、まるでボロ箱のように朽ちてしまった外函を目にした時には、書籍本体の状態が心配になったのですが、函から取り出してみると、セロファン紙に大切に包まれたハードカバーの小豆色の布張り調の表紙は、写真のように、刻印された金箔文字が、ひとつも欠けることなく、再び世に姿を見せたことを祝うかのように、光り輝いているのでした。

と、ここまで私が高揚感を露わにするのは、私が神奈川県に住む、とりわけ丹沢の森を宮脇方式でもって再生しようと、いつ果てるともない夢想を重ねている《潜在自然植生》の老学徒であるからに他なりません。同じ《潜在自然植生》を嗜むとはいえ他県の方には、冒頭の感動的な文章もまったくもってピンと来ないことは、承知の上でもあります。

にもかかわらず、さらに感動は続きます。さっそくページを開いてみると、40年の時間が与え続けた紙質の経年劣化はあるものの、人の目に触るのは、おそらくこの私が初めてではないかと、新刊本のような完璧で奇跡的な品質を見せてくれ、まるで私が、宝物を歴史の底から救出してしまったかのような快感を味わうことになりました。

book

《こいつは、春から縁起がいい》とは、こういうことを指すのかも知れません。

実は、私の部屋の窓の外には、気がつくといつの間にか実生のスダジイが幹を伸ばしており、今では一階の庇に届きそうな勢いで成長しています。その枝が隣家の方に超えるたびに、超えた分だけ伐採される運命にあるのですが、この《潜在自然植生》は切られても切られても、怯むことなく、劣悪な環境下にもかかわらず、さかんに成長しようとしています。

今日も目を窓に向けると、常緑の枝葉が磨りガラスに張り付いている様子を眺めることができます。そんなこともあって、私はこの、常に困難を乗り越えて生き延びようとするスダジイの葉を一枚、千円札の替わりのように財布に挟んでいるのですが、今年の正月は近くの神社での初詣の際に、いつもの5円玉と100円硬貨に加えて、この葉っぱも一緒に賽銭箱に投げ入れて、いくつもの、十指に余るほどの願い事を済ましてきました。今でも、勢いよく放物線を描いて落下していく二枚の硬貨とは対照的に、ヒラヒラと頼りなさげに舞い降りながら、なんとか賽銭箱まで到達することができたスダジイの枯れ葉を思い浮かべることができるのですが、果たしてこのとっさの行いが、この幻の本を手にいれる方角に私を導いてくれたのでしょうか。

それとも、賽銭箱を集計しょうとした神社の神主さんが、お札にまぎれこんているスダジイの葉っぱを一枚発見してしまい、今年はキツネかタヌキが人に変装して、願い事をしにワザワザお参りに来たようだが、何事かあったのだろうかと不思議に思われる、その程度のことに過ぎなかったのでしょうか。

ところで、ページ数400を超える《神奈川県の潜在自然植生》は、神奈川県の植生の詳細を網羅的に紹介したものですが、と同時に宮脇さんは《潜在自然植生図を基礎とした神奈川県土の新しい環境保全、環境創造の将来計画に対する植物社会学的、生態学的提案》と題した章を最後に設け論じており、これが宮脇さんにとって編纂の目的の一つであることを示唆しています。それはまた、当時の神奈川県知事名による、次の短い序文にも読み取ることができます。

preface

また、この本の最後に掲載されたあとがきのなかにも、序文と同様の期待が伺えるものになっています。

postscript

このように《この植生図によって神奈川県土の都市計画はもちろん、すでに荒廃した土地に対する緑の復元や、自然の山野に対する形状変更を伴う事業を計画するに際しても、植生を生かした土地利用を期待できましょう。》と、40年前の文面に託された期待は、その後どんなプロセスを経て、今に至っているのか、この本の編纂に9年余りを費やされたという宮脇さんの想いを現実のものにするためにも、本を手掛かりにしながら検証する責任が読者となる私にもあるようです。

私は、これまでと同じように宮脇さんの文章を一字一句ずつ書き写しながら《神奈川県の潜在自然植生》について書かれているこの本の内容を自らのものとして理解する努力を始めることになりますが、言い方を変えると、この本を道標として大海原へと一人出発するような高揚した気分でいることも確かです。これも年頭の時期に、凡人が罹りやすい症状の一つなのでしょうか。

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