丹沢山塊の麓にある社寺林の植生をチェックしてみる
現在進行中の《神奈川に残る鎮守の森》シリーズの目的の一つは、丹沢山塊の自然植生と丹沢の麓やその周辺の自然植生を比較してみることにあります。丹沢山塊の自然植生については《丹沢の植物分布》で概要を紹介していますので、ここでは社寺林の状態がAランクとされる東丹沢の麓とその周辺に位置する次の5つの社寺について詳しく見ていきたいと思います。
松石寺(厚木市)
日向薬師(伊勢原市)
大山寺(伊勢原市)
八菅神社(愛川町)
八幡神社(清川村)
そこで、宮脇さんたちが調査した社寺林のうちランクAの基準とはどんなものだったのか、再度おさらいしておきましょう。 要約すると「その地域の潜在自然植生が顕在化された自然度の高い森林植物群落がまとまった面積を持つ」社寺林を言います。具体的には、
1)高木層から草本層にいたる各階層の発達が良好であり、林床が破壊されていない。
2)損林の面積は、群落が維持するための十分な広さがある。
3)林内に裸地もなく、土壌攪乱が少ない。
4)森林全体の保護状態が良好であり、“ふるさとの森”としての価値が極めて高い。
以上4つの条件を満たしていることがランクAの社寺林として認められる基準になるそうです。さっそく松石寺から見ていきましょう。
27.松石(しょうせき)寺
上荻野源氏河原の西500mに位置し、荻野川に面するややゆるやかな東斜面にあるのが松石寺である。裏手はゴルフ場(上に添付した googlemap で見ると、寺を囲むようにしてゴルフコース場が開発されているのがわかる)と接しているが、20mに達するスダジイをはじめとする常緑広葉樹林は社殿裏手に壮大な景観を形成している。林床は墓地のため下草刈りなどの人為的干渉もあるが、残存面積、樹冠の密度、樹高など県下でも有数のスダジイ林である。20mに達するスダジイの下層として、亜高木層以下にアラカシ、ウラジロガシといった常緑のカシ類やマユミ、シキミ、ツルグミ、モチノキ、ヒイラギ、クスノキ、ベニシダ、ジャノヒゲ、テイカカズラ、ヤブコウジ、ビナンカズラなどヤブツバキクラスの種も多数生育している。(調査結果p132)
これらの群落構成からは県下の社寺林に広く生育している植生の一つである《ヤブコウジ—スダジイ群集》のように思えますが、報告書には「スダジイ林」と記述されています。この両者の差異に何かしら意味があるのでしょうか?今後の解き明かすべき課題がまた出てきました。
28.日向薬師
東名高速道路厚木インターチェンジから西に8kmほど入った海抜220m前後の台地に日向薬師は位置する。寺院の敷地は広くスダジイ、モミ、ウラジロガシ、イロハモミジ、タブノキ、ケヤキなど自然植生の構成種とスギの植栽樹種が多数生育している。おとずれる人の数が多く、管理が十分ゆきとどいていることは逆にそこに生育する高木林の林床植物を欠くことが多い。日向薬師も例外ではない。しかし参道西手の斜面には植生調査資料が得られたようなスダジイ林の生育がみられる。 資料から得られたスギ植林では、種組成的にイロハモミジ—ケヤキ群集とイノデ—タブ群集との性質を兼ね備えている肥沃な立地となっている。 日向薬師は参道脇に残存するスダジイ林、薬師堂裏手のウラジロガシ—モミ林、ケヤキ、タブノキ、モミの高木の残存など各種植生単位が立地条件の差異に応じてみられる。スダジイ林のみの評価はBであるが、その他の植生が多彩に生育している数少ない社寺林であり、全体としてAと評価される。(調査結果p134-135)
かつては日向山霊山寺と称した大寺院だったそうですが、廃仏毀釈で多くの堂舎が失われてしまい、現在は霊山寺の別当坊であった宝城坊が寺籍を継いでいるとのこと。スギの人工林と共存する混合林であるにもかかわらず、複数の群集による自然植生が見られる貴重な社寺林として、ぜひとも実地見学をしてみたいものです。
29.大山寺
大山不動尊は阿夫利神社下社への登山道の中途にある。北側にはケーブルの軌道が通り、南側には林道が続いている。大山不動尊は小さな沢の両側に約4haの森林をもっている。 沢沿いにはケヤキがめだつ混合林があり、一部にはスギも植えられている。ケヤキ林にはウラジロガシ、アラカシなどが混生している。高木層にはケヤキ、アラカシ、ウラジロガシなどが飼育し、低木層にはアオキが高い被度で繁茂していることが特徴である。この林分はアラカシ—ウラジロガシ群落とされる。件の内陸部で急傾斜地の露岩の見られる立地を中心に生育域をもつ群落である。 またケーブルの軌道との間にある小さな尾根にモミの優占する林分がある。この林分は種組成的にシキミ—モミ群集とされる。これとほぼ同じ群落は林道上の尾根地にも見られる。大山は雷山のモミ原生林がすでに件の天然記念物に指定されているが、大山寺のきしみ—モに群集は海抜520mあたりにあって県内でも最も低海抜地に生育する群落である。 これの群落は35°から45°ときわめて急な傾斜面にあり、諸所に母岩が露出している。そのわずかなすき間にたまった崩積土砂を母材とした褐色森林土壌の上にモミなどが生育している。岩質はもろく、たえず崩壊がくりかえされている。 これらの林内をぬって登山道(女坂)がつけられている。さらに林道はこの林のすぐ上の阿夫利トンネルまで通じている。現在ハイカーの増加によって、きしみ—モミ群集の林床を一部荒廃させている。さらに林道が延長されることによって、これらの自然林は、大幅な変容を受けることが予想される。今のうちに保全の手を打つことが強く望まれる(調査結果p135)
標高500m前後のヤブツバキクラスでも少し高層に属している山の斜面の植生をここで知ることができます。最後に触れられているように、オーバーユースの問題はこの報告書執筆当時の1970年代から意識されていたようですが、40年後の今日、実際に登山道を歩いてみて、当時と何が変わっていて、何が変わらないままなのか、観察眼をしっかりと高めて、報告したいものです。
◎《神奈川に残る鎮守の森(5/5)》に続きます。