かつて漠然となのですが、丹沢の森の劣化を食い止めるために、行政やnpoの努力に加えてビジネス的な手法でこの森の再生をはかる方法は何かないものかと考えていた時に、どこかで俳優中村敦夫さんが「心ある人は一本のブナの苗木を植えるべし」という一文を書いているのをたまたま読み、この一言がその後の私の考えを支えるキッカケになったのだと、今にしてみるとそう思われるのです。
続けて、これもたまたま『木を植えよ!』というびっくりマークがついた刺激的なタイトルの宮脇昭さんの本を見つけてしまったのが運の尽きでした。宮脇さんの一連の著作を読む中で《潜在自然植生》という基本概念に基づいた植樹の方法を学習するにつれ、いつの間にやら宮脇信者と自称するまでになってしまったのです。
一方、事業として植樹を始めようとする場合,植樹により得られる顧客側のメリットとはどのようなものか?を説得力を備えて説くことが不可欠になってきます。この点、宮脇さんは1995年の阪神淡路大震災を経験し、特に2011年の東日本大震災以降の記述には環境保全(防災)林としての《潜在自然植生》の森の優位性を訴えており、実際に東北地方の常緑広葉樹林が津波や地震火災に対して示した能力には目をみはるものがあるように思われます。
宮脇さんは常緑広葉樹による環境保全(防災)林を、緑地機能により人びとの環境を安全に保つ林であるとして、3種類の機能と10の具体的な効用を次のように表しています。
上記にあるような多彩な機能・効用が都市部や居住地域に作る《潜在自然植生》の環境保全林のメリットであるとすれば、例えば丹沢山系のような場所に《潜在自然植生》の苗木を植樹するメリットとはどんなことなのでしょうか。とりわけ植樹を事業として展開する場合は《顧客メリット》としての解答を提示する必要があります。
このような森の恵みとも言うべき森が持つ普遍的な価値を改めて考えてみるときに参考になる本の一つが『グッド・ニュース』(デヴィット・スズキ&ホリー・ドレッセル共著 ナチュラルスピリット社 2006年)。「持続可能な社会はもう始まっている」というサブタイトルが付いたこの本には大気から海や森、土壌に至るまで自然とうまく付き合って行く方法が書かれています。ここで、植樹というヒトの営みで森が育つことによって、私たちが得られる顧客メリットを『グッドニュース』から抜き出してみましょう。
森もまた、生命の源といっても過言ではない
アメリカのある森林管理(林務)官の証言によると、ハリケーンが近づいたとき複層林では、風が打ち付けるたびに、木々がお互いに力を打ち消し合うのに対して、同じ高さの木が並ぶ単層林の森は、小麦畑のように揺れ動き、4〜5回目に揺れたときにすべてがなぎ倒されたといいます。
これを読むと私たちは、ここに書かれている複層林という言葉から、常緑広葉樹の高木—亜高木—低木—草本で構成される多層群落の自然の森をイメージしますが、一方で台風と聞くと山の斜面いっぱいに拡がる単層林の代表格である、均一の高さに育ったスギの人工林が見事に一方向に倒れている映像を思い浮かべてしまいます。そして、木々が倒され剥き出しになった山の斜面に雨が降ると、そのほとんどが濁流となり、表土を削りながら沢を下ってゆく様を想像し、心配になるのです。
確かに私たちヒトは二足歩行をはじめて森を出て草原に住み着いて以来、生活上の必要から住居用の建材を森に求めてきました。建材だけではありません。思いつくだけでも、湧き水・小川の水や魚・鳥・獣・食用の植物(葉・根・果実・木の実・きのこ)・薬用の植物・塗料・道具を作るための樹木など、かつては生活に必要な多くのものを数千年にわたって森に求めてきた歴史を持っています。まさに、ヒトは命の源としての森を求めてきたのです。
しかし、このヒトと森との関係は、スギや檜で覆われてしまった、人工林が続く山々を見ると、宮脇さんも指摘するように森は材木の巨大な生産工場に生まれ変わり、しかも今となっては工場としての採算も取れないままにその大部分が生産停止状態となって管理放棄されている訳ですから、もう行き着く所まで来てしまったような気分になってしまいます。
以上これまでは、もっぱら森の生活用資材としての機能・効用を見てきた訳ですが、これらの即物的な側面だけではなく、もっと本質的な価値に気付くべきであると『グッド・ニュース』は次のように主張します。
◎森は豊かな土地を育む
・森林は食物が育つための肥沃な土壌を地上に生み出してきた。
・森林は雨水の巨大な貯水池となり、土壌の流出を防ぐと共に安定した水量を外に流している。
◎森は豊かな海を育む
・森林は雨水を地面に浸透させ、水を浄化しながらミネラルなど豊富な栄養素を含む水を海に流■し込み、海中の生態系を豊かなものにしている。
◎森は地球の大気を作る
・CO2を吸収し、O2を生成するのは植物の役割だが、そのほとんどを森林が担っている。
このようにマトメてみると、森はヒトの生存と持続にとって欠かすことのできない土地と海と大気に関わるとても有り難い存在=生命の源であるといっても過言ではないことが、改めてわかってきます。
森は、肥沃な土と安定した水を供給し、人の生活を潤してくれる。
森は、豊かな海を作り、人の生活に寄与してくれる。
そして森は、人の生存に不可欠な大気を生み出してくれる。
森の豊かさは、生物多様性に比例する
生命の源でもある森ですが、それでは豊かな森とはどのような森を指すのでしょうか。『グッド・ニュース』は更に専門的な分野に立ち入り、その詳細に踏み込んでいます。
◎森は複合的な有機体の集まりであり、生態系が豊かなほど森も豊かになる
・森林とは競争と協力の両方を行なう多種多様な生命体の集まりであり、ヒトの眼に見える樹木 や鳥などの動植物は森林を構成する生命体のほんの一部に過ぎない。
・森林の役立たずと思われる雑草や土の中の微生物もそれぞれが果たすべき重要な役割を持って おり、森林の生産性=豊かさはその森林が持つ生態系の多様性によって決定される。
◎森の土壌は海へと続く生命の源でもある
・森林土壌内部では樹木等と関わるバクテリアや微生物、菌類、土を撹拌する虫や動物の力で有 機物や植物栄養素の分解が進み、樹木にミネラル等の養分を与えてそれらを支えると同時に、 雨水とともに川や海に流れ肥沃な土地、豊かな海に貢献する。
森は豊かな生態系を自ら作り出す。
それは地球上を循環する生態系の始まりでもある。
以上のような言葉で、ヒトが植樹するメリットを掲げることができるのではないでしょうか。