鎮守の森がなくなる前に、対策を考える

つい先日《神奈川に残る鎮守の森》について5回シリーズで今も潜在自然植生の多層群落の森が残っている神奈川県の社寺を紹介したばかりですが、今日の日経ビジネスonline版の記事のなかに「このままでは10年後、 日本の寺や神社が半減する」との一行を見つけました。社寺がなくなるという危惧よりも、鎮守の森がなくなることの心配のほうが先に立ってしまうという、 本末転倒した憂いについつい襲われてしまいましたが、ここで、鎮守の森とは切っても切れない関係にある寺や神社そして日本人の宗教観について最近の調査を紹介し、次に鎮守の森がなくなる前に、私たちが採るべき対策について考えてみたいと思います。

(宗教を)信じていない=71.9%

Q&A1-4読売新聞の日本人の宗教観調査(2008年)から特に興味深いところを抜き出してみると、左のグラフのような結果が出ています。

Q:あなたは何か宗教を信じていますか。

どのレベルからを「信じる」と捉えるのか、が問題ですが、最初の質問に対して、宗教を信じている日本人は約四人に一人。残りは信じない人で、年齢が若くなるほど信じない人の割合は高くなるそうです。また、仏壇や神棚を備える余裕がない都市部のほうが、地方よりも信じない割合がより高くなっているのかも知れません。

Q:あなたが幸せな生活を送るうえで、宗教は大切だと
思いますか。

次に、生活のなかでの宗教の大切さを聞いたところ、そう思うが1/3、思わないが残りの約2/3を占めています。初詣や七五三の祝いなどのハレの行事の時は神道を信仰(しているつもりになって神様に感謝したり神頼みを)し、葬式や墓参りなどケガレの儀式になると(その日だけは敬虔な)仏教徒になるという、神道も仏教もへだてなく自然な感覚で受け入れることができる日本人の気軽な宗教観からすると、日常生活と宗教心を割り切って考える人びとはますます増えていくのでしょうか。

Q:あなたは、日本人は宗教心が薄いと思いますか。

思うvs 思わないの割合が拮抗していますね。これは信仰心の濃淡は相対的なものなので、何を基準に持ってくるかで答えも左右されるような質問です。世界のキリスト教徒やイスラム教徒に較べると、日本人のそれは希薄に感じられ、そうではなく、前問で指摘した初詣や七五三、葬式や墓参りなど宗教的な伝統に従い参加する多くの人を見ると、日本人の宗教心もまんざらでもないということになりそうです。同時にこの問いかけも、年齢層によって大きく左右されそうです。老齢層ほど「最近の日本人は!?」と不満を募らせ、若年層では逆に「日本人の宗教心は捨てたものではない」と。

Q:葬式は、形式にとらわれない無宗教の葬式にしてほしいと思いますか。

上のグラフからは半数近くの日本人が少なくとも、たまたま実家に仏壇があればお坊様を呼んで、神棚があれば宮司さんを呼んで葬式をすべきだと考えていることが分かります。その一方で、実家で代々伝わってきた宗派にはとらわれずに、無宗教で構わない派は40%、葬式はしなくてもいい派とあわせると、これも半数近くになります。この問題は、自分のお墓をどこにするか?遠い田舎にある先祖代々の墓は誰がいつまで守りきれるのか?という切実な問題も絡み合っていて、大変複雑な内容を抱えているようです。

以上、日本人の宗教観の一端を読売新聞のアンケートから抜き出してみました。本来であれば、定点観測のように同じ質問に対する数十年の推移を見てみたいものですが、全体的な希薄化の傾向は今後も大きくなりそうです。

鎮守の森を公園・工場に移すビジネスを始める

このように(自分の)葬式は無宗教にしてほしいという傾向が更に顕著となり、全国の空家も350万戸を数える今日、その空家にある仏壇や神棚も顧みられなくなったりすると、社寺の経済的な基盤がますます失われることになります。このままでは社寺と運命共同体の関係にある《鎮守の森》も風前の灯火になるのでしょうか。実際に、神奈川県の《鎮守の森》は宮脇昭さんの調査によるとわずか30年で1.4%(2,850→40)に激減しているということです。

この状況を見ると、これから《鎮守の森》として残るのは、何か特別な計らいがない限りむつかしいように思えてきます。では、補助金などの税金やボランティアの皆様の力に頼ることをせずに、何か新しい手法できるようなことはないのか?

最初に思いつくことは、《鎮守の森》として今ある潜在自然植生の森を、その植生が途絶えてしまう前に他の場所に移すこと。その土地本来の植生を残すという歴史的・公共的な視点に立てば、例えば公園などの公共施設に。《鎮守の森のコーナー》を今ある公園の一角に新しく作らせてもらう。また、宮脇さんのこれまでの多くの実績をヒントにすれば、学校や工場・施設の一部に芝生や人工林に変わる《鎮守の森のコーナー》を作らせてもらうというのはどうでしょう。

しかも、これらの《鎮守の森のコーナー》を事業としてビジネスで展開するという新しい発想はどうでしょう。それが可能な大きな理由があります。それを、例によって宮脇さんの本から引用してみます。

土地本来のホンモノの深根性・直根性であるために、
火事、台風、洪水、地震にもびくともしない

(宮脇昭著『森の力 植物生態学者の理論と実践』講談社現代新書 p154)

森の力この《土地本来のホンモノ=潜在自然植生の常緑広葉樹》の強さを訴える宮脇さんの信念は、日本を襲った大きな震災の多くの現場で実証されており、その時の状況を宮脇さんは被災地をご自身で廻りながら上記の本の中で伝えていますが、これを読む者にとって、その一つ一つの記述は感動的ですらあります。森や緑に興味を持つ多くの人が、ぜひとも手にしてほしい一冊です。

このように、常緑広葉樹を主木とする潜在自然植生の森は居住地や都市を災害から守るという大きなメリットの他に、ランニングコストが芝生・人工林の手間のかかる維持・管理に比べ格段に廉価で済むことにも事業優位性の一つです。一見して緑も気持ちよく、カタチや佇まいも美しく、人びとには人気の芝生・人工林ですが、これからは見た目の印象だけではなく、その有用性が問われる時代になっていくとしたら、はたして選ばれるのはどれでしょうか。

居住空間・都市空間を緑で彩り、災害にもビクともせず人命を守り、コストパフォーマンスにも優れている三拍子揃った《鎮守の森》を全国各所に作り拡げる、新しい分野の事業プランは果たして机上の空論で終わってしまうのでしょうか。
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