消えた《奇跡の森》が言い残したこと

宮脇さんの《潜在自然植生》の森についての著作を読むと、必ず都市や生活空間におけるこれらの森の大切さを説いた文章に出会います。その代表例が以前は全国各地にありながら、今は急速に姿を消しつつある鎮守の森であり、今もどっしりとその存在感を誇示する明治神宮や浜離宮の森などですが、これらのいわゆる名所とは別に、名もない多くの常緑広葉樹の林が火事や津波などの地震災害にも大変重要な役割を果たしてくれている実例を、特に311以降は多く取り上げていることがわかります。特に津波に対してまったく無力だった松林にかわる、その土地本来の常緑広葉樹を主木とした《潜在自然植生》の森の有用性を訴えられています。丹沢の森を再生する事業の積み重ねにより植樹ノウハウを蓄え、その延長線上に都市・生活空間にも《潜在自然植生》の防災保全林を作る事業は、従来の人工的な公園樹木に較べ、圧倒的なパフォーマンスを持っているように思え、ビジネスとして成立する可能性も高いはずです。

ところで、今日の朝日新聞オンライン版に《江戸からの「奇跡の森」、開発で伐採 なぜ守れなかった》と題して東京・大田区の一等地に残っていた個人所有の広大な敷地林が不動産業者に売却され、例によって例のごとく跡地にはマンションが建つことになったと、この事件?の顛末を報じていました。(下の写真をクリックすると朝日新聞ウェブサイト記事ページに飛びます)

朝日新聞0119

空から撮ったこの屋敷林の写真を見ると、一見して鎮守の森のように鬱蒼とした樹木で占められており、ゴチャゴチャとした建物群の中で、周囲とは対照的に見事な緑の重層をカタチ作っているのが分かります。

区内最大とされたトチやイチョウなど幹の直径1メートルクラスの大木をはじめ、直径10センチ以上の樹木が581本あった。

前所有者の一族は室町時代から続く旧家で、江戸時代は周辺の名主を務めた。住民や親族によると、「江戸初期に敷地に接してつくられた用水路が完成してから、ほとんど人の手が入っていない」という。戦後まもなくの航空写真をみると、一帯は空襲を受けたが、この林が焼け残ったのがわかる。

と、70年前の東京の市民を襲ったアメリカ軍の空襲にもこの森が耐えたことが(そして多くの人びとがこの林の中に逃げ込み、助かったに違いないと想像させるようなことが)しっかりと書かれています。この記事の文章に続いて、宮脇さんの受け売りにすぎないとは言え、私なりの考えをまとめようと思ったら、記事の最後にしっかりと宮脇さんご本人のコメントが関東大震災の話しを挟みながら掲載されていました。この記者と記事の品質の高さには敬意を表する次第です。

 横浜国立大名誉教授で地球環境戦略研究機関国際生態学センターの宮脇昭センター長(植生学)の話

人の手が入っていない森林は都心では貴重だ。金には換えられない価値があっただけに、開発されてしまったのは本当にもったいない。関東大震災で緑が残った地域の人々が多く助かったように、首都直下地震など防災対策でも重要なものだった。伐採を許してしまった行政の責任は重い。ドイツの自治体では樹木は公共財という考えで、個人所有のものであっても厳しい規制がある。こういった考えは世界的な潮流だ。日本でも、あとで緑化をすれば、開発を許すという考えはやめるべきだ。

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