富山和子さんの『水と緑と土』(中公新書 2010年改版)は丹沢の森を知ろうとする時の私にはなくてはならない教科書の一册ですが、今、私がやろうとしていることが実に皮相的で取るに足らないことであるかを思い知らされるほどに、この『水と緑と土』の語りは根源的でもあり、従って示唆的でもあります。
かつて、私が丹沢の森の中に入り、その入った分だけ森の多様で循環的な生態系の一端を傷つけているという自覚もないままに、丹沢の森が変になっているような気がしたのは、雨が降った夜に山間の温泉宿に一泊したその翌朝のこと。起きがけに雨のあがった宿の周りを散策していると、普段はきれいな清水が流れている宿の近くの小さな川がゴーゴーとうなり声をあげるような暴れ音と共に、多くの枝や幼木を巻き込んだ濁流に変わっている、その変貌ぶりを見た時です。
昨日の夜は大雨でもなかったはずなのにと思い、宿の人に聞いてみると、最近は普通の雨でもこんな状態になってしまうのだと困り顔で応えるのでした。それ以来、私は多少の雨水は蓄えてくれるはずの森の公益的な機能の保全と再生というキーワードに素朴な関心を持つようになったのですが、富山和子さんは『水と緑と土』の最初の見開きページでこれに関係することを、このように説明しています。
森林の公益的効用に関する研究はかつてないほどに熱気を帯び、その成果はあらゆる産業から注目されている。科学者たちは、サクラ、ケヤキ、イチョウなどの葉に吸着されるばいじんや亜硫酸ガス、炭化水素などの量をはかり、どの樹種が大気浄化に最も貢献するかという調査を開始した。森林—この途方もなく多様で複雑で、おそらくは永遠に未知な自然の創造物に対して、かつて例を見ない大胆な評価のメスが加えられることにもなった。森林の人の心に与える安らぎや野鳥の保護機能、騒音防止機能や酸素供給・大気浄化機能、水源涵養機能、土砂崩壊防止機能などさまざまな公益的効用が金銭評価されたのである。それら自然科学者と経済学者との精力的な共同研究の成果は、農林省によって次のように発表された。「田畑を含む日本の緑の価値は年額十八兆円なり」と。(注・林野庁は、「森林の公益的機能計量化調査」で森林の機能を年額十二兆八千二百億円と評価し、ついで農林省は同じ手法により、農用地についても概算額を算出し、昭和四十七年、あわせて約十八兆円と発表した)
このアイロニーに満ち溢れた富山さんの文章が初めて世に出たのは、1974年、今からちょうど40年前のことですが、現在でも十分に説得力のある内容です。金額に換算することを発明?した立場からは「例えば、砂漠の真ん中にこれだけの量の緑を作るとなると、18兆円ぐらいかかるでしょ!」となり、富山さんからすれば「金額に換算することに何か意味があるの?他に考えるべきもっと大切なことがあるでしょ!」ということになります。
にもかかわらず、私は貨幣に換算された価値の基準となるもの、その裏付けになるものを知りたいと思うのです。どういう計算をすると、そのようなソロバンがはじけるのでしょうか?ちょうど先日の備忘録で紹介した広島県の森づくり事業のウェブサイトで、森林整備事業を貨幣価値に換算しているページを見つけることができました。さっそく見てみましょう。
広島県の森づくり事業効果の検証
広島県として「森づくり事業に取り組むことになった背景は地域住民の生活環境の変化・林業の衰退のため、かつての森の保全・循環が立ち行かなくなったことにあるが、果たして税金投入に(2007〜2011年の5年間に39億7,221万円)見合うだけの影響や効果を県民に与えたか、検証してみる必要がある」として、事業実施により維持・向上した森林機能のうち定量的(数量的)に表示可能な主な機能について、その「効果量」を計算しその値を「貨幣価値」に換算しています。
※
1. 評価額は、事業を実施した場合の効果について、森林の効果の発揮に応じて貨幣化し、現在価値化(社会的割引率4%)を行い計 算している。(社会的割引率とは、将来に発生する効果や費用を現在の価値に換算するための割合である。例えば10年後におけ る100万円を4%の社会的割引率で現在価値化すると、675,564円(1,000,000÷1.04¹¹)となる。)
2. 総費用は、平成19〜22年度の環境貢献林整備事業に要した整備費用および保育・維持管理(整備後10年目の間伐費用)に要する 費用について、現在価値化(社会的割引率4%)を行い計算している。
3. 評価期間は、皆伐制限等の協定締結期間に合わせ20年とした。
4. 貨幣化による費用対効果分析の結果B/Cは、計測された評価額と投資額(総費用)の比により示す。
上の表によると、広島県の森づくり事業の費用対効果指数は約5倍近くになっています。このなかに「社会的割引率」というワードが出てきました。算出のための公式も表示されているので、とりあえず今日は、このようなものとしておきます。
それでは、次の回で個々の定量化の方法=評価額の算出方法を、a)洪水緩和から具体的に見ていくことにしましょう。(続く)